【感染制御学ノート】小児の原因不明の重篤な急性肝炎(第1報):DHstyle 2022年6月号

小児の原因不明の重篤な急性肝炎(第1報)

佐藤法仁 Norito SATOH
岡山大学 副理事(研究・産学共創担当)・URA
立命館大学 総合科学技術研究機構 教授
内閣府 上席科学技術政策フェロー

図❶ 電子顕微鏡で見たアデノウイルス1)。ウイルスの大きさは70~90nm(nm:1mの10億分の1)。画像ではウイルスに色がついているが、これは見やすくするためのものであり、実際に色がついているわけではない

Point

  • 2022年4月15日、世界保健機関(WHO)が同年1月以降、英国において小児における原因不明の重篤な急性肝炎の発生事例を報告し、世界各地で同様の事例が報告されている。
  • 肝炎を引き起こすウイルスとして肝炎ウイルスが有名であるが、今回の発生事例において、現時点では肝炎ウイルスは確認されていない。
  • アデノウイルスが確認されているが、健常人のアデノウイルス感染による肝炎は、急性で重篤化することはほとんどない。
  • アデノウイルスとともに新型コロナウイルスにも感染している場合もあるが、新型コロナウイルスが原因なのかも不明である。
  • 現在、発生状況の把握とともに原因解明が進められている。デマや非科学的な話、陰謀論などに惑わされないように注意が必要である。

おことわり

本号では、2022年1月以降、英国において発生報告があり、現在、世界各地から同様の報告がある、小児における原因不明の重篤な急性肝炎について取り上げます。

執筆時点(2022年4月28日)で判明している点を記載していますが、今後の研究および調査などで執筆内容との齟齬、あるいは新たな点が明確となる可能性がおおいにあります。

その点を考慮して、本号をお読みください。

はじめに

 本シリーズでは近年、「世界的な大流行(パンデミック)」を引き起こしている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)について、続報を取り上げ続けてきましたが、

本号では、2022年1月以降、英国において発生報告のあった小児における原因不明の重篤な急性肝炎2)について、速報や注意喚起の観点などから第1報として紹介します。

経緯

 2022年4月15日、世界保健機関(WHO)が同年1月以降、英国において小児における原因不明の重篤な急性肝炎の発生事例を報告しました。

さらに、ヨーロッパ疾病予防管理センター(ECDC)からも、ヨーロッパにおいて同様の事例が発生していることが報告されました3)
その後、4月21日現在において、WHOヨーロッパ地域および米国地域から、少なくとも169例(英国114例、スペイン13例、イスラエル12例、米国9例、デンマーク6例、アイルランド5例未満、オランダ4例、イタリア4例、ノルウェー2例、フランス2例、ルーマニア1例、ベルギー1例)が報告されています4)
わが国では4月25日に厚生労働省から1件の「可能性例」に該当する入院症例が発生した旨が公表されました5)

なお、「可能性例」とは、WHOが4月23日に定めた暫定的な症例定義(working case definition)に記載されているもののことを指します(表1)。
現時点の症例は生後1ヵ月~16歳までです。4月23日時点で17人の子ども(約10%)が肝移植の必要があり、1人が死亡しています4)

❶ WHOの暫定的な症例定義(2022年4月23日)(参考文献3,5)より引用改変)

1.確定例(confirmed) 現時点ではなし
2.可能性例(probable) 2021年1月1日以降、アスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)、またはアラニンアミノトランスアミナーゼ(ALT)が500 IU/Lを超える急性肝炎(A~E型肝炎を除く)を呈する16歳以下の小児
3. 疫学的関連例(epi-linked) 2021年1月1日以降の確定症例(4月22日以前)の濃厚接触者である任意の年齢の急性肝炎(A~E型肝炎を除く)を呈する者

*肝炎ウイルスA〜E型の血清検査結果待ちの状態で、他の基準を満たす場合は報告可能とされ、「分類待ち」に分類されることになる

症状

まず腹痛や下痢、嘔吐などの消化器症状が認められ、黄疸が確認されています。

検査値的には、肝酵素のアスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)、またはアラニンアミノトランスアミナーゼ(ALT)が基準の500IU/L以上の上昇が認められます。

なお、ほとんどの症例では発熱は認められていません4)

微生物との関係

肝臓に感染する微生物は、ウイルスや細菌などさまざまですが、肝炎を引き起こす有名なウイルスとしては肝炎ウイルスがあります。

肝炎ウイルスにはA型、B型、C型、E型の4種類があります。A型とE型は食中毒であり慢性化せず、自然治癒します6〜8)。WHOの報告では、確認された発生事例においてA型、B型、C型、E型の4種類の肝炎ウイルスは検出されていません。

ただ、74例からアデノウイルスが検出されています4)。アデノウイルスは、さまざまな症状を引き起こすウイルスです。名前を知らなくても、このウイルスに知らず知らずに感染した人は多いと思います。私たちにとって身近なウイルスの1つです。

アデノウイルスは、数多くの仲間がいます(表2)a)。今回の発生事例では、アデノウイルス41型の検出が18例ありました。ただ41型は、下痢や腹痛、発熱などの症状を認めることがありますが、今回のように急性でしかも重篤な肝炎を引き起こす型とは認識されていません4)。また、アデノウイルス肝炎の多くは免疫不全の人によるものが主であり、健康な小児に認められる症状ではないといわれています9)

さらに、20例からSARS-CoV-2が検出されており、このうち19例はアデノウイルスと同時に感染(共感染)している事例でした4)。ただし、アデノウイルスやSARS-CoV-2が今回の発生事例に関係しているのかは、現時点ではまったくわかっていません。
なお、わが国で確認された1例について、アデノウイルスとSARS-CoV-2のPCR検査はともに陰性であり、肝移植の経歴もなしでした5)

表❷ アデノウイルスのおもな血清型と症状(参考文献10,11)より引用改変)

病型 おもな血清型 好発年齢 おもな症状
咽頭結膜熱(プール熱) 3、7 児童 咽頭炎、結膜炎、発熱など
流行性角結膜炎(流行目) 8、19、37 全年齢 角結膜炎など
呼吸器感染症 3、4、5、7 乳幼児 咳、発熱、咽頭・扁桃痛など
出血性膀胱炎 11、21 乳児、児童 血尿、頻尿、下腹部痛など
胃腸炎 31、40、41 乳幼児 下痢、腹痛、発熱など

対応

アデノウイルスは、飛沫・接触感染するウイルスで、ワクチンはありません。

治療は対症療法となりますb)

今回の発生事例でも対症療法となり、肝移植が必要な事例も報告されています。
なお、消毒については、消毒用エタノールやポビドンヨードが有効です。

おわりに

今回は、2022年1月以降、英国からの報告を皮切りに、わが国でも発生報告のある小児における原因不明の重篤な急性肝炎について、第1報として現時点の情報を紹介しました。

現時点でアデノウイルス、SARS-CoV-2がいかに関係しているのか、そもそも関係があるものなのかも解明されていません。このような状況では、デマや非科学的な話、陰謀論などが独り歩きするのが世の常です。とくに新型コロナウイルス感染症のパンデミック下では、SARS-CoV-2だけではなく、治療法やワクチンと絡めたデマなどにも注意が必要です。

本誌でも新しい情報が入り次第、第2報をお伝えしたいと思います。現時点では、新型コロナウイルス感染症対策と同様に、手洗いやうがい、規則正しい生活習慣など、基本的な感染対策を実施していく必要があるでしょう。

今回の事例はとくに小児ですので、家族だけではなく、周囲の方々も子どもの感染対策にも気を配っていただければと思います。

参考文献

1)Centers for Disease Control and Prevention(CDC):Public Health Image Library, ID#10010, 1981.
2)World Health Organization(WHO):Multi-Country – Acute, severe hepatitis of unknown origin in children. WHO, 23 April 2022. https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON376
3)厚生労働省健康局結核感染症課:欧州及び米国における小児の原因不明の重篤な急性肝炎の発生について(注意喚起及び情報提供依頼)(令和4年4月20日).厚生労働省,2022.https://www.mhlw.go.jp/content/000932956.pdf
4)厚生労働省検疫所:複数国における小児の原因不明の急性重症肝炎(Disease outbreak news 2022年4月23日).厚生労働省,2022.https://www.forth.go.jp/topics/20220425_00001.html
5)厚生労働省健康局結核感染症課:小児の原因不明の急性肝炎について(令和4年4月25日).厚生労働省, 2022.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_25423.html
6)佐藤法仁:感染制御学ノート vol.5. A型、E型肝炎ウイルス.DHstyle,6(5): 14-16, 2012.
7)佐藤法仁:感染制御学ノート vol.6. B型肝炎ウイルス.DHstyle,6(6): 14-16,2012.
8)佐藤法仁:感染制御学ノート vol.7. C型肝炎ウイルス.DHstyle,6(7): 14-17,2012.
9)国立感染症研究所感染症危機管理研究センター、感染症疫学センター:アデノウイルス感染症と肝炎について.国立感染症研究所,2022.https://www.niid.go.jp/niid/images/cepr/hepatitis/220425_NIID_adenovirus_hepatitis.pdf
10)古谷野伸(監):病気がみえる vol.6 免疫・膠原病・感染症.アデノウイルス感染症.メディックメディア,東京,2018.
11)佐藤法仁:感染制御学ノート vol.20. アデノウイルス.DHstyle,7(8): 12-15, 2013.

(参考文献のURLは2022年4月28日最終アクセス)

言葉の窓

a)アデノウイルスは、7種(A、B1、B2、C、D、E、F、G)に分類されており、100を超える型があります。51型までは血清型で、52型以降は遺伝型で分類されています。
b)咽頭結膜熱や流行性角結膜炎で使用される抗菌薬やステロイドは、混合感染予防のために処方されています。

 

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