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『オニのサラリーマン』
この絵本の主人公の名前は、オニガワラケン。ごく普通のサラリーマンです。でも、普通でないこともあります。なんと主人公は、2本の短角をもつ赤鬼だったのです! さらにこの絵本では、普通ではない仕掛けも登場します。主人公のありふれた日常風景のなかに、突如人間界のとある名作文学が顔をのぞかせ、読者をアッといわせるのです。
今月は、そんなありそうでなかった設定の愉快な絵本『オニのサラリーマン』を紹介します。
オニガワラ氏は、今日も今日とて、愛妻弁当を持ち、満員の通勤バスに揺られ、勤務先の「じごくカンパニー」に出勤します。
会社に着いたら、まず閻魔大王様にご挨拶。今日の担当業務は、血の池地獄の監視になりました。同僚のオニジマ君は、釜ゆで地獄の火の番で「暑うてかなわんわ」と愚痴っています。
でも、血の池地獄だってかなり神経を使う仕事です。禁止事項を守らず、血の池へ飛び込んだり、ゴムボートを持ち込んだりする亡者たちに、つねに目を光らせていなければならないのですから。そんな仕事に疲れたオニガワラ氏が、ついうとうとしてしまったら、とんでもないことが起こりました。眼前には天上の極楽から1本の糸が垂れ下がり、そこを大勢の亡者たちがのぼっていく光景が広がっていたのです。大失態といえる状況に、オニガワラ氏のボーナスは減額の危機に……。
もう、おわかりですね。この絵本には、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を地獄の側から見た「スピンオフ的作品」という一面があります。とはいえ、主人公はお気楽なサラリーマンですから、『蜘蛛の糸』の世界観は皆無で、潔いほどユーモア絵本に徹しています。そのうえ、鬼たちが話す関西弁には何ともいえない面白味があり、それだけで自然な笑いを誘います。
また、本書のユーモアには温かさがあり、気分が上がらないときでも、その笑いが読者に元気を届けてくれます。いわば、 「読む栄養剤」。待合室でちょっと緊張しながら順番を待つ患者さんに、ぜひ読んでもらいたい1冊です。
おひさま堂 書籍部
大橋悦子
歯科衛生士向け月刊誌『DHstyle』より、歯科医院の待合室にぴったりの素敵な絵本をご紹介いたします。今回は、『オニのサラリーマン』です。