書評:咬合・補綴の臨床マスター 歯科ほどよい仕事はない|『咬み合わせの科学』掲載

このたび、日本顎咬合学会誌『咬み合わせの科学』に書評を掲載いただきましたのでご紹介いたします。
今回は、『咬合・補綴の臨床マスター 咬合・補綴の臨床マスター』の書評を、黒岩昭弘 先生(松本歯科大学)に執筆いただきました。是非ご一読ください。

これは岩田イズムの集積
読んだ後、臨床がうまくなったような気になる必読書

咬合・補綴の臨床マスター
歯科ほどよい仕事はない

 「はじめに」を読むと岩田先生の暦年の顔が並んでいる.年齢を重ねていくうちに表情は柔らかくなっていくが,基本の笑顔は変わらない.なによりその笑顔は力が増していく.素晴らしい力を帯びたオーラを感じる.本書はその先生が若い歯科医に向けた著であり,副題が「歯科ほどよい仕事はない」である.特に琴線に触れる言葉と題して22の提言が書かれているがこれが秀逸でこれから何をしていくべきなのかを示してくれる.これは大変ありがたい言葉である.
 本文を読んでいくと第1章では歯科医院の成功の3大秘訣としてリコールから技術の研鑽,診断力の涵養まで,先生が行ってきた鉄則が書かれている.
 第2章では先生が体験してきた歯科医療のパラダイムシフト,これは近代の歯科界が現代へ移ってきたダイナミックな変化を紹介している.私は先生の後輩の世代にあたり,タービンやメタルボンドが既に導入された頃が歯科臨床の始まりだった.あの頃の歯科界は歯科医師が増え,これから不安だと言われながらも,いろいろなことが開発・発表されワクワクする時代だった.日本経済も絶好な好景気中で,90年代当初にバブルがはじけたが歯科としてはインプラントの普及,審美補綴の概念の浸透などまだまだ力は失っていなかった.昨今の歯科事情というと国家試験の難易度の上昇,コロナ禍によるコミュニケーションの希薄化,人の流れの変化,不安定な世界情勢による不安定な経済など,我々が歯科医になった頃と比べると複雑な状況なので,いかに若い歯科医師に夢を持たせようかと思った岩田先生の気持ちが伝わってくる.
 第3章は補綴の長期経過で失敗とその回避について紹介されている.良い臨床家になるには長期経過症例を経験することはとても大事なことで,どんなに知識や技術を体得しても経過による変化や対応を習得しないと臨床力の伸びはないし,単に技術に走るだけである.若い先生に私がよく言うのは,せめて5年は同じところに勤めてほしい,そうすれば自分がやった成功症例も失敗症例も経験できるからと教えている.本書では予後判定基準に精通せよと書かれている.
 第4章の咬合治療の4大基本原則では基本的と言いながらも多くのページが割かれている.このサマライズは秀逸であり,若き先生方幾度も読み直してほしい章である.数々ある咬合論は仮説なこともある.岩田先生が書かれた「仮説を真理と思うなかれ」この言葉が心にしみる.読者の方もこの点には十分留意されたい.
 第5章には支台歯形成の基本原則として支台歯形成がうまくなる方法が書いてある.この章も端的に基本的な形態や技術が集約されている.4つの課題を読みこなしてから練習する.でも,絵に描けないものは具現化できないので,いきなり形成の練習をしてはいけない.本書の支台歯でも良いし先輩の模型をいただいても良いので見ながら線画を描いて,何も見ずに描けるようする.頭の中にイメージができたら,あとは模倣するのみ,格段に上手になるのでお試しあれ.
 第6章には失活歯の耐久性を高めるための支台築造が書かれており,これまで成書になかなか書かれていなかった極意が書かれている.特にポイントは大変参考になる.
 第7章では前歯の審美補綴,前歯補綴に関するノウハウが書かれている.隣在歯との調和は患者が最も気にするところなので丁寧に取り組む必要がある.これもトレーニングを積まないと歯科技工士任せとなり,思ったような形にならないのである.的確な指示を出せるように練習するべきである.この章はとても写真が充実している.丁寧に精読されたし.
 第8章の臼歯の補綴は補綴屋として醍醐味である.ここにも十分すぎるほど各症例に対応する写真が掲示されている.歯質を守りながらも堅牢な補綴装置をどのように製作するか.そしてその装置に与える咬合をどうコーディネートするかは研鑽を積むほど悩みが多くなる.でもそれが楽しいのである.章の最後に臼歯部補綴材料についての考察がある.これには私も賛成である.以前,小川洋一先生(東京都開業)ともコラボで臼歯部修復材料の見直しについて企画したことがあるが,最後方臼歯の補綴材料は金属が第一選択である.しかしながら金属イオンの溶質を考えるとモノリシックジルコニアもあり得るのではと再考している.ガラスセラミックスは構造的に脆く化学的にも安定しない.それに対してジルコニアは一旦研磨すると表面の安定性が高い.欠点は対合歯の亀裂を誘発することである.もう少し寛容な材料が生まれることを望むが将来の夢として報告を待ちたい.
 第9章のインプラント補綴はこの技術自身を取り巻く環境が日進月歩である.岩田先生が導入されたころに比べたら確固たる違いがあり,それはCTやCBCTによる診断,そしてガイデットサージェリーに代表されるデジタルデンティストリーではないか.岩田先生が症例の選択が要であると言われるのも多くの症例を通じてのことと思う.簡単と判断したのに失敗して,よく調べたら落とし穴を見過ごした.優れた臨床家の話を聞くことは本当によい.
 第10章パーシャルデンチャーの設計,部分床義歯の醍醐味は設計である.この章では各支台装置や構成要素に関して丁寧に説明されている.すべての欠損がインプラント補綴になるわけではない,適切な部分床義歯の作製を心掛けたい.ビシッと義歯が入ることは気持ちいいし,長期に安定した義歯を装着した患者が訪れると歯医者になってよかったなと感ずるひとときである.
 第11章顎関節症(咬合病)についてはいろいろな状況を紹介,冬山登山に例えているがゴールの見えない咬合治療,これにはいろいろな分野からのアプローチが必要なのでじっくり勉強してから治療を開始してほしい.要は本書に書かれているようにスプリントを入れて可逆的なアプローチをしてほしい.
 このように本書には岩田先生の45年間が凝縮されており,どこから読んでもためになる.ものすごい情報量なので診療前に読んで気になったらチェアサイドで確認する.私もこんな本が作れたらなあとほれぼれするような内容,やっぱり歯医者は捨てたものではない.すり減るほど読んでみてください.

目次

第1章 歯科医院の成功の3大秘訣
秘訣1 リコールシステムの確立と生き残り作戦 他
第7章 前歯の審美補綴
前歯のセラモメタルクラウン 他
第2章 日本の歯科医療のパラダイムシフト
第1段階 米国型修復歯科の踏襲(1970年代~1980年代) 他
第8章 臼歯の補綴
耐久性重視のMOD オンレー 他
第3章 補綴の長期経過
失敗原因 他
第9章 インプラント補綴
─成功の伴は症例の選択(診断と設計)
臼歯部部分欠損インプラント 他
第4章 咬合治療の4大基本原則
原則1 臼歯の中心位咬合 Centric Related Occlusion 他
第10章 パーシャルデンチャーの設計
パーシャルデンチャーの症例分類 他
第5章 支台歯形成の基本原則
─支台歯形成がうまくなる方法
課題1 修復物が脱離しない支台歯形態 他
第11章 顎関節症(咬合病)
生活習慣病としての顎関節症(咬合病) 他
第6章 失活歯の耐久性を高めるための支台築造
残存歯質量と残存象牙質壁数 他

評:黒岩昭弘(松本歯科大学)
[日本顎咬合学会誌『咬み合わせの科学』第43巻 第1号 2023 掲載]

誌面PDFはこちらをクリック▼

●著:岩田健男
● A4 判・152 頁
● 2023 年4 月1 日
●定価:13,200 円(税込)
●デンタルダイヤモンド社

過去の書評一覧はこちら