【感染制御学ノート】vol.54 災害時における感染制御:DHstyle 2016年6月号

vol.54 災害時における感染制御

佐藤法仁 Norito SATOH
岡山大学 学長特命(研究担当)・URA
内閣府 科学技術政策フェロー

図❶ 災害時に避難所となった体育館の様子1)。密集した空間にさまざまな容態の人たちが集まることで、感染症の発生リスクは高まる

Point

  • 災害後は感染症が発生しやすい状況にある。
  • 災害時でも感染制御の基本は手指衛生の徹底である。
  • 口腔ケアを怠ると肺炎を誘発し、感染拡大を招くおそれがある。
  • 医科にかかわる感染制御や災害時の口腔ケアの情報は、書籍やインターネットで数多く紹介されているので、平常時から目を通しておくとよい。

 このたびの熊本を震源とする地震によって被災された地域のみなさまに、心からお見舞いを申し上げますとともに、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。今回は熊本での震災を受けて、「災害時における感染制御」と題し、ポイントを絞った感染制御について紹介します(今号掲載予定だった「ジカウイルス 後編」は次号掲載予定)。

災害と感染症

 わが国が地震の多い地域であることは国内外で認識されており、国内の防災もさまざまな取り組みが行われています。地震などの災害が起こるたびに新たな問題や課題が出てきますが、その経験を活かしたものも数多くあります。感染制御の分野では、海外救援活動などの経験も合わせて多くの知識、技術などが蓄積されています。
 まず、地震などの災害が発生すると、日常生活がストップします。自宅での生活が困難となり、避難所生活となることが多いのですが、誰もが快適に過ごすことは極めて難しいです。図1のような限られた空間でさまざまな容態の人々が生活すると、感染症の発生リスクが高くなります。図2は、災害後に問題となる主な感染症と発生時期を示したものです2)。自然災害の種類や発生地域、規模、時期などで多少の変化はありますが、わが国で考えられるものとして、これらの感染症が挙げられます。
 被災地域は災害後に一時的に隔離されますが、大量のボランティアや各省庁・都道府県関係者、支援物資および運搬にかかわる人々の流入により、限られた狭い空間に多くの人々が集まることがあります。この状況下では、非被災地域からの病原微生物のもち込みが起こる可能性があります。2011年3月の東日本大震災の際は、当時、関東と関西地域で流行していたウイルス性疾患である手足口病が、1~2ヵ月遅れで被災地で流行しています。また、2010年1月にハイチで起こったハイチ地震でも、ネパールで流行していたコレラと同一の菌株による流行が認められています2)


図❷ 災害時に問題となる感染症と発症時期(参考文献2)より引用改変)

感染症の流行を防ぐポイント

 災害時における感染症の流行を防ぐポイントを紹介したいと思います。現在、数多くの書籍や学術誌などで、その対策が取り挙げられています。また、インターネットで検索すると、無料購読できる書籍や資料もたくさん出てきます。
 今回は、とくにポイントを押さえている「日本環境感染学会」による「大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き(第1版)」の「避難所における感染管理と予防の考え方」(担当:岩手医科大学附属病院 櫻井 滋先生)2)の項目を中心に取り上げますa)
1−1.手指衛生
 手指衛生は、平常時でも有用な感染制御の手段です。災害時も同様ですが、石鹼を入手できても、必要な水を確保できないことがあります。そのような場合は、手指用の消毒薬を代用しても構いません。ただし、大量の食品を扱う担当者や調理人は、石鹼と汚染されていない水(未開封ミネラルウォーターなど)での手洗いが推奨されます。これは、擦式アルコール手指消毒薬では効果が不十分だからです。手洗いを促す張り紙やポスターを各所に掲示することも1つの手段です。なお、手洗い後はペーパータオルを使用し、決してタオルを複数人(家族を含む)で使用しないようにします。
1−2.食事時の手指衛生
 食料配布や支援物資配布の列に擦式アルコール手指消毒薬を置き、手指消毒をしてから受け渡しを行うなどの工夫が望まれます。各自が食べ物を取るセルフサービス方式は感染拡大の危険があるので、供給者からの一方向の流れとします。また、家族などのグループごとに供給するのではなく、個人単位で供給します。これは家族内での感染拡大を防ぐうえで重要です。
2.避難所
 避難所では、掃除当番などを決めて週に一度清掃を行い、必要な場合は頻回で行います。また、避難所は使用者の出入りが多いため、使用した区域は使用後に清掃すること、配布された寝具などを置いていき、再利用の際は洗濯が望まれますb)
 さらに、健常者が密集した区域に、風邪などの何かしらの症状がある人を混在させないようにします。これは避難所のスペースに余裕がある場合ですが、そうでない場合はできるだけ健常者の区域から離したところにテントを室内設営し、避難生活を行ってもらいます。室内設営テントは診療室としても使用できますが、その管理には小まめな清掃と消毒が必要となります。
 他方、避難所には医療関係者が同じように避難していることがあります。声かけなどで医療従事者を求め、避難所での感染制御の普及に協力してもらうのも対策の1つです。
3.汚物などの処理
 トイレは、家庭用塩素系漂白剤などによる小まめな清掃が基本です。ドアノブや便座、便器はとくに汚染されるので注意し、頻回な清掃が望まれます。また、体調不良などで嘔吐した場合は、すぐに手袋とマスク(ゴーグルがあればなおよし)を着用して清掃します。嘔吐物を浸み込ませた紙や雑巾などはビニール袋に入れてすぐに破棄します。共用のゴミ箱など、誰でも触れるところに決して捨てないことが重要です。そして、できれば嘔吐した場所は生活の場として使用しないことが望まれます。
4.ペット
 ペットは大切な家族の一員であることを十分に認識したうえで、生活空間とは区別した場所におくことが望まれます。排泄物の処理などは、ヒトの場合と同じです。また、避難所生活のストレスからペットは癒しの賜物となり、ともに遊んだりスキンシップを図ることがあります。その際は、決して手指衛生を忘れないようにしましょう。

口腔ケア

 口腔内は粘膜であり、体外に晒される部分でもあるため、病原微生物の侵入路となります。また、多くの細菌などがいるため、口腔内の悪化は歯科疾患だけではなく、肺炎などを引き起こしますc)。口腔ケアについても数多くの書籍や資料が公開され、「国立保健医療科学院」の「歯科口腔保健情報サイト(通称:歯っとサイト)」では、災害対策として、各種の情報を提供しています(https://www.niph.go.jp/soshiki/koku/oralhealth/saigaitaisaku.html)。これらに目を通しておくのもよいでしょう。
1.歯磨き
 市販の研磨剤を含む歯磨剤には吸湿作用が強いものがあり、口腔内に残ると乾燥を助長させることがあります。十分な水を確保できない状況下では使用せず、水だけで歯磨きするようにします。液体系(デンタルリンス)や洗口剤がある場合に使用するとよいでしょう。
2.うがい
 うがいには「クチュクチュ」、「ブクブク」と口の中をきれいにする洗口と、「ガラガラ」と行う喉に対するうがいがあります。健常者には両方とも問題はありませんが、喉に水を溜めにくい人への「ガラガラうがい」は、気管に入ったり、飲み込んでしまうこともあるので控えるようにしましょう。うがい時に使用できる消毒効果のあるものは、ポビドンヨード(イソジンなど)、オキシドール、アクリノール、塩化ベンザルコニウム(オスバンなど)などがありますが、取り扱い説明書に記載されている「濃度」を必ず確認してから使用するようにしましょう。濃度が薄いと効果がなく、逆に濃度が濃いと効果がないだけではなく、体にもよくありません。
 ほとんどの家庭にあり、日常生活でも入手しやすい重曹は、口腔のネバネバ感を解消する働きがあります。重曹は水に溶かすと弱アルカリ性になるため、洗口液として使用できます。ここでも濃度が重要で、水100mLに重曹2g(濃度2%)とします。味はよくありませんが、舌苔が厚くなったときや液体ハミガキの代用に有効です3)。なお、うがいには30mLがあれば十分です。ポイントは、1回に30mLを使用するのではなく、1回に15mLを2回に分けて使うほうが効果的です3)
3.義歯
 義歯は日に一度は取り外し、きれいな水で洗うようにしましょう。市販の義歯用洗浄剤があればよいのですが、手元にない場合は食器洗い用の中性洗剤で代用できます3)。ただし、装着する際は十分に洗い流します。水が手に入らない場合は、取り外してきれいなティッシュや綿棒などで拭き取るようにしましょう。
 清掃が面倒だったり、着脱を見られたくないからと、避難生活中に義歯を使用しないかもしれません。しかし、長い間装着していないと口腔内の環境変化から、義歯を装着できなくなることもあるので注意が必要です。

 今回は、災害時における感染制御について、医科と歯科の両面からポイントを絞って紹介しました。紹介した情報以外にも、さらに詳しいものや応用が利くものなどがありますので、平常時からインターネットなどで情報に目を通しておくことをお勧めします。
 また、読者の多くは歯科医療にかかわる方々だと思います。災害時に医療従事者は支援を求められますが、個人でできることとできないことがあります。自らが被災者として過酷な避難生活を送っていたり、家族安否確認の奔走や死別などを背負っているかもしれません。まずは自分の現状をしっかり把握し、できることを自分なりにすることが第一歩です。そして、復興が進むなかで気がついたことなどを医療現場や学会、教育にフィードバックすることで、災害時の感染制御の向上のみならず、数多くの人々の健康の延伸に大きく寄与できると思います。

参考文献

1)一般財団法人消防防災科学センター:平成19年(2007年)新潟県中越沖地震 柏崎市内(避難所) 2007年7月18日.災害写真データベース.
2)日本環境感染学会アドホック委員会 被災地における感染対策に関する検討委員会:大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き(第1版).日本環境感染学会,2014.http://www.kankyokansen.org/other/hisaiti_kansenseigyo.pdf
3)日本口腔ケア学会:災害時の口腔ケア・歯科治療 平易なQ&A.https://www.oralcare-jp.org/saigai_qa/

言葉の窓

a)櫻井らは東日本大震災時、「いわて災害医療支援ネットワーク」内に感染制御専門班「いわて災害時感染制御支援チーム(Disaster Infection Control Assistance Team of Iwate:ICAT)」を設立し、災害時の感染制御に尽力した経験があります。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/pandemic/topics/201203/523937.html
b)地震などの災害直後は断水などにより、洗濯用水が確保できない場合があります。そのような状況下では、個人使用としておくことも感染制御の1つのやり方です。
c)1995年1月に発生した阪神淡路大震災では、震災に関連した肺炎で200人以上が亡くなられました。そのなかには、歯科とかかわりの深い「誤嚥性肺炎」も多かったのではないかと思われます。