Contents
刊行にあたって
歯科矯正学は難解な学問ですが、初期の疾患を早期に治療すれば、その解決策は見つかると考えます。小児の咬合はさまざまな因子が関与した結果として歯列が形成されるため、私は「なぜこの歯列になったのか」、そのストーリーを考えます。
どのような不正咬合でも、初期であれば軽度の疾患です。そして、軽度の状態を保つ症例と、悪化する症例があります。こうした現実を踏まえて、「おうち矯正」の概念を構築してきました。おうち矯正で得られるベネフィットとはどのようなものでしょうか。ベネフィットは「利益」「報酬」といった意味をもつ言葉で、成果の報酬を「ベネフィット」と呼ぶこともあります。
医療に限らず、「報酬」や「利益」を得るためには、対価が必要です。高価な物を得るには経済的な負担がかかります。高価な物を作るには、高い技術が必要です。そして、高い技術を維持するためには、技術に見合った高い報酬が必要です。報酬の一部を再投資することで高い技術を維持し、さらなる技術の向上を図ります。こうしたバランスの上に、すべての経済の価値が成り立っています。矯正歯科治療は高い医療技術を必要とするため、その対価も高くなります。ただし、経済的な負担が大きいと、普通の人にとって矯正歯科治療が縁遠いものになってしまいます。私は臨床医として、矯正歯科治療を「身近な医療」にしたいと考えています。
わが国では高齢者が増加したことで、膝関節に悩みをもつ方が2,400万人に達するといわれています。日常生活に支障を来す痛みを避けるため生活習慣を見直し、予防的運動を行ったり、サプリメントを服用している高齢者は多いとのことです。こうした考え方は、俗に家庭療法といわれます。そして、広義では「おうち矯正」の考え方も同様といえます。
不正咬合は日常生活に支障を来す疾患ではありませんので、積極的に予防しようと考える人は少ないでしょう。ただし、不正咬合は疾患ですので、発症原因が必ずあります。疾患の原因が解れば、原因に対する予防策もあるはずです。それが本書で解説する「おうち矯正」です。
複雑化した不正咬合を治すのは困難ですが、初期の不正咬合は重篤ではありません。初期の不正咬合を放置した結果、重篤な疾患になってしまうのです。「おうち矯正」においても、早期発見は重要です。保護者の歯列不正に対する関心を高めることが早期発見に繫がり、早期に治療を開始することで、「おうち矯正」で得られるベネフィットを最大化できます。
私の専門は歯科保存学です。大学院の卒業論文が認可されたときに、主査の教授から「今日から学者の仲間入り」と言われたのがとても印象に残っています。それから一般開業医として、歯科保存学の視点から40年ほど矯正歯科治療について考えてきたため、矯正歯科専門医とは異なる視点をもっているのだと思います。本書の知見が若い先生方のヒントとなるように、また、さまざまな歯科知識を与えてくださった先達への恩返しとして、筆を執った次第です。
最後に、本書の執筆にあたりご協力いただいた辻村育朗先生にこの場をお借りして心より感謝申し上げます。
2024年12月
鈴木設矢
「小児矯正・咬合誘導やMFTを勉強したいと思っているのだけれど、何から勉強すればよいかわかりません。おすすめの本やセミナーはありますか?」と聞かれることがよくあります。
最近では歯科医師のみならず、熱意のある歯科衛生士からも同じような質問を受けることが多くなりました。そうしたときは「まずは簡単なことからやってみよう」と背中を押していたのですが、「何が簡単で何が難しいかわからない」「本を購入したりセミナーに参加しても、範囲が広すぎてどこから手をつけていいのか……」と言われることもたびたび経験しました。幅広いこの分野のどこから始めるのが効果的なのかという悩みは理解できます。そして、「失敗したくない」という気持ちから、「はじめの一歩」をなかなか踏み出せずにいることもわかります。
そこで、「小児矯正・咬合誘導やMFTを勉強したい」と希望する歯科医師やスタッフに向けて、試行錯誤の末にさまざまな方法で伝えた結果、「何が」わからず、「何を」やっておらず、「何が」必要かが少しずつみえてきました。もちろん、私自身もまだまだ研鑽中ですが、それでも口腔内の「異常な兆し」が「みえない」状態を、「みえる」ようにするためのノウハウを伝えることが必要と感じ、本書の執筆に至りました。
咬合誘導やMFTおよび生活習慣の改善や食育をメインにした口腔筋機能の向上を、以前は「バイオセラピー」と呼んでいましたが、患児や保護者に理解してもらいやすくするために、鈴木設矢先生が「おうち矯正」と名づけられました。この名称にしたことで、「おうち矯正は今日からお家で始められる矯正治療」と、患児自身で行うことを意識してもらいやすくなりました。
おうち矯正により低年齢から積極的にかかわることで、矯正装置を使わずに済んだり、矯正装置の数が減り、期間も短くなるなど、シンプルな治療を実現できる場合もあります。
正直、「このまま何もしないで矯正装置を使ったほうが簡単かも……」と思うこともありました。ただ、すべてのケースで自費治療を選択してもらえるわけではありません。また、年齢的にも矯正装置が使えない場合もあります。そのようななかで、おうち矯正を地道に続け、治癒した症例が増えてくると、その効果を実感するようになりました。また、おうち矯正による治癒は、患児や保護者からの反響だけではなく、スタッフからの反応もうれしいものでした。
スタッフが積極的に対応してくれると、口腔内の異常な兆しに気づいてくれることもあり、それが適切な時期での治療へと繫がります。その結果、スタッフからみても「自分の子どもや家族、友人にも受けさせたい」と思えるような治療を実践でき、一連の経緯が医院全体のモチベーションをアップさせ、ひいては医院の活性化へと繫がります。何よりも、患児や保護者とスタッフが治療の効果を共有できたときの喜びは、何物にも代えがたいものです。
患児を「よい顔」に育てたいという鈴木設矢先生の信念を受け継ぎ、自分自身やスタッフも仕事にやりがいを感じて「よい顔」で毎日を過ごせるように、そして、かかわるすべての人に「いいかおそだて」と心より願い、本書を執筆しました。読者の臨床の一助となれば幸いです。
2024年12月
大河内淑子
CONTENTS
鈴木設矢(すずき せつや)
1978年 日本歯科大学大学院保存学 修了
1979年 東京都中野区開業
1997年 日本歯科大学歯周病学教室 非常勤講師
2000年〜 床矯正研究会設立 主幹
2016年 ICD 国際歯科学士会 副会長
●おもな著書
『抜かない歯医者さんの矯正の話』
『臨床医のための床矯正・矯正治療[基礎篇][症例篇]』
『臨床医のための床矯正・矯正治療 反対咬合篇』
(以上、弘文堂)
『GPのための床矯正・矯正のすすめ』
『GPのための床矯正・矯正のすすめ 活用編』
『月刊鈴木設矢〜床矯正治療の5Essentials〜』
『なぜ?からはじまる 床矯正治療のQ&A 1st step』
『口腔機能をはぐくむバイオセラピープロモーション』
『聖アポロニア探訪譚』
『GPでもできる反対咬合“早期治療”BOOK』
(以上、デンタルダイヤモンド社) 他多数
大河内淑子(おおこうち よしこ)
2002年 北海道大学歯学部歯学科 卒業
2003年 東京都立広尾病院臨床研修 修了
都内の開業医にて勤務
2008年~2020年3月 鈴木歯科医院(中野区)勤務
2020年4月~ 都内の開業医にて勤務
●おもな著書
『よくかむ日曜日ごはんvol.1/2』[共著]
(オーラルアカデミー)
『GPのための床矯正・矯正のすすめ 活用編』[共著]
『なぜ?からはじまる床矯正治療のQ&A 1st step』[共著]
『口腔機能をはぐぐむバイオセラピープロモーション』[共著]
『GPのための床矯正治療を成功させる床装置と設計』
『臨床の玉手匣 小児歯科篇』[共著]
(以上、デンタルダイヤモンド社)
本のエッセンスは、書籍の「はじめに」や「刊行にあたって」に詰まっています。
この連載では、編集委員や著者が伝えたいことを端的にお届けするべく、おすすめ本の「はじめに」や「刊行にあたって」、「もくじ」をご紹介します。
今回は、『おうち矯正Q&A 0歳から不正咬合を予防する“もっと”身近な指導法』です。