- 大雨が降った日の翌日、スタッフが始業時刻の30分前に医院に到着し、医院の駐車場に飛来したゴミや木の枝などを掃除し、水浸しになった入り口の床を拭いてくれました。このような始業前の作業時間について、その分の給料を支払う必要はあるのでしょうか。
●和歌山県・B歯科 -
労働者に対する給与の支払義務は、労働者が就労した時間が労働基準法上の労働時間に該当すれば発生します。この労働時間とは、現に労働させた時間、すなわち実労働時間であるとされています(休憩時間は除きます)。そのため、給与の支払いの要否は、始業時刻前の掃除等の時間が労働基準法上の労働時間に当たるか否かによります。
労働基準法上の労働時間該当性については、判断基準を示した最高裁判例があります(三菱重工業長崎造船所事件・最高裁平成12年3月9日判決)。これは、造船所の労働者が実作業にあたり、作業前の作業服・安全保護具の装着等を義務付けられていたところ、これらの装着等に費やした時間が労働基準法上の労働時間に該当するかどうかが争われた事案です。
裁判所は、労働基準法上の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」と判示しています。
ご質問のケースも、スタッフが始業時刻前に行った掃除等が、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができる場合、労働基準法上の労働時間に該当し、給与が発生します。もっとも、ご質問からは、スタッフが始業時刻前に清掃等をした事情の詳細が少々不明ですので、以下に場合分けします。
たとえば、先生の医院では始業時刻には医院の駐車場や入口がきれいに清掃された状態になっていなければならないものとされていた事情がある場合や、過去にも大雨が降るたびにスタッフが始業時刻前に医院周辺を清掃することを常態としており、先生がこれを黙認していたなどの事情がある場合には、使用者の指揮命令下に置かれていたと判断されやすくなると思われます。
他方で、たとえば、前述のような事情がなく、そして先生が何も指示しなかったにもかかわらず、スタッフが気を利かせて自主的に始業時刻前に清掃等したような場合は、使用者の指揮命令下に置かれていたとは判断されにくいと思われます。
ところで、業務開始前に着替えや清掃等が必要であり、実際としては、労働契約や就業規則において定められている始業時刻よりも早い時刻から準備が必要となっているケースもあると思われます。
しかし、前掲の判例は、労働基準法上の労働時間は「労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」とし、あくまで労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かによって客観的に判断されるとしています。
したがって、所定の始業時刻前または終業時刻後に、指揮命令下にあると判断され得る何らかの作業がある場合、労働時間と給与に関するスタッフとの紛争を予防するため、その作業時間も含めて始業・終業時刻を定めるのが妥当です。併せて、所定の労働時間以外の労働は禁止する(時間外労働が許容される場合であっても、先生の明確な指示がない場合は禁止する)旨を明確にしておくとよいかと思われます。
井上雅弘
●銀座誠和法律事務所
▽月刊デンタルダイヤモンドのバックナンバーはこちら▽
https://www.dental-diamond.co.jp/list/103
▽Q&Aのバックナンバーはこちら▽
https://dental-diamond.jp/qanda.html
学術・経営・税務・法律など歯科医院での治療・経営に役立つQ&Aをご紹介いたします。今回は、月刊 デンタルダイヤモンド 2023年5月号より「始業前の作業は労働時間に含まれる?」についてです。