Q&A 歯科一般 う蝕リスクを減らすために食器の共有は避けるべき?|デンタルダイヤモンド 2024年2月号

Q&A 歯科一般 う蝕リスクを減らすために食器の共有は避けるべき? 2024年2月号

学術・経営・税務・法律など歯科医院での治療・経営に役立つQ&Aをご紹介いたします。今回は、月刊 デンタルダイヤモンド 2024年2月号より「う蝕リスクを減らすために食器の共有は避けるべき?」についてです。

当院では、乳幼児期でのう蝕原因菌の感染、伝播を予防するために家庭内での食器の共有を避けるように患者に指導してきましたが、2023年8月に日本口腔衛生学会から新たな知見が出されたと聞きました。詳しく教えてください。 兵庫県・E歯科

 口腔細菌は親から子どもに伝播することから、子どものう蝕リスクを減らすために、親とスプーンや箸などの食器の共有を控える必要があると考えられてきました。これはさまざまな育児雑誌で取り上げられていましたので、歯科医療関係者だけでなく一般の人まで多く知られています。
 しかし、国内外の研究結果を踏まえると、う蝕予防のために親との食器共有を気にしすぎる必要はありません。日本口腔衛生学会の見解1)に補足しながら、親との食器共有についての最近の知見を概説します。

1.食器の共有でう蝕原因菌は伝播するか
 乳児が口腔細菌に感染する場合は、おもに育児での接触が多い母親からの感染となります。最近の研究で、4ヵ月児健診を受診した乳児とその母親の口腔細菌を調べた結果、ほとんどの乳児で自分の母親由来の口腔細菌が検出され、別の母親よりも自分の母親とのほうが多くの口腔細菌を共有していました2)
 これは、生後4ヵ月で、母親の口腔細菌が子どもに伝播していることを示しています。親との食器の共有が始まる時期としては離乳食開始時期の生後5~6ヵ月ごろとなりますが、それ以前から子どもは親からの口腔細菌に感染していることになります。
 育児のなかで、子どもに話しかけたり、スキンシップをとっていると、子どもは親の唾液に触れることになりますので、食器共有を避けたとしても日常の育児で口腔細菌は感染します。
 欧米のように親子でキスをする機会が多い国や、北欧では子どものおしゃぶりを親の口で洗う国3)がありますが、そのような国では子どもへの口腔細菌の感染はより起こっていると考えられます。しかし、これらの国で、日本よりもう蝕が非常に多いという事実はありません。
 親のミュータンスレンサ球菌が子どもに感染することは複数の研究で報告されており4)、菌株の遺伝子型を調べた研究ではその母子感染率は50~85%程度であったことが示されています5)。ミュータンスレンサ球菌はう蝕原因菌として考えられていますが、これ以外の酸産生菌もう蝕に関連することがわかっています6)
 口腔が酸性に傾いている段階ではミュータンスレンサ球菌以外の酸産生菌が関与し、酸性化がより進んだ際にミュータンスレンサ球菌が優勢になります7)。口腔には数百種を超える多くの細菌が存在しますので、食器の共有を避けることで、う蝕の原因となるすべての細菌種の伝播を防ぐのは難しいといえるでしょう8)

2.う蝕の関連要因の影響を考慮して「食器の共有」を考える
 う蝕は食事や歯磨き習慣、社会経済状況などさまざまな要因の影響を受けます。食器共有と子どものう蝕の関連性を調べる際には、これらの要因の影響を取り除いたうえで検討する必要があります。
 39市町村で3歳児健診を受けた約3,000人の調査結果では、卒乳時期、お菓子を食べる回数、歯磨き回数、出生順位、祖父母との同居状況、保育園の入園、養育者の喫煙状況、世帯主の職業など、さまざまなう蝕の関連要因の影響を考慮すると、子どもへの口移しや食器の共有を避けることは3歳時のう蝕とは関連が認められませんでした9)
 う蝕原因菌が子どもへ伝播したとしても、フッ化物の使用、砂糖摂取の制限、適切なブラッシングでう蝕を予防することが可能です。また、親にう蝕があった場合、その治療を受け口腔管理をしっかり行うと、子どもへの感染を効果的に減らすことができたとの報告があります10)

 もちろん、今回の学会の文章は食器の共有などを積極的に推奨するものではありませんが、親子で一緒にう蝕予防に取り組むことができれば、口腔細菌の感染は必要以上におそれる必要はないと考えられます。

【参考文献】

1)日本口腔衛生学会:乳幼児期における親との食器共有について.https://www.kokuhoken.or.jp/jsdh/statement/file/statement_20230901.pdf
2)Kageyama S, Furuta M, Takeshita T, Ma J, Asakawa M, Yamashita Y: High-Level Acquisition of Maternal Oral Bacteria in Formula-Fed Infant Oral Microbiota. mBio 2022, 13(1):e0345221.
3)Hesselmar B, Sjoberg F, Saalman R, Aberg N, Adlerberth I, Wold AE: Pacifier cleaning practices and risk of allergy development. Pediatrics 2013, 131(6): e1829-37.
4)da Silva Bastos Vde A, Freitas-Fernandes LB, Fidalgo TK, Martins C, Mattos CT, de Souza IP, Maia LC: Mother-tochild transmission of Streptococcus mutans: a systematic review and meta-analysis. J Dent 2015, 4(3 2): 181-191.
5)Lapirattanakul J, Nakano K: Mother-to-child transmission of mutans streptococci. Future Microbiol 2014, 9(6): 807-823.
6)Selwitz RH, Ismail AI, Pitts NB: Dental caries. The Lancet 2007, 369(9555): 51-59.
7)Takahashi N, Nyvad B: The role of bacteria in the caries process: ecological perspectives. J Dent Res 2011, 90(3): 294-303.
8)天野敦雄,久保庭雅恵:歯科衛生士のためのカリオロジーダイジェスト.クインテッセンス出版,2023.
9)Wakaguri S, Aida J, Osaka K, Morita M, Ando Y:Association between caregiver behaviours to prevent vertical transmission and dental caries in their 3-yearold children. Caries Res 2011, 45(3):281-286.
10)Kaan AMM, Kahharova D, Zaura E: Acquisition and establishment of the oral microbiota. Periodontol 2000 2021, 86(1): 123-141.

古田美智子
九州大学大学院歯学研究

口腔予防医学分野

相田 潤
●東京医科歯科大学大学院
医歯学総合研究科 健康推進歯学分野


デンタルダイヤモンド 2024年2月号 表紙

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