Q&A 歯に関する法律|デンタルダイヤモンド 2023年3月号

学術・経営・税務・法律など歯科医院での治療・経営に役立つQ&Aをご紹介いたします。今回は、月刊 デンタルダイヤモンド 2023年3月号より「歯科医院の入り口での転倒における責任の所在は?」についてです。

高齢の患者さんが当院の入り口の階段で転倒し、怪我をしてしまいました。
当日の雨で階段が濡れていたせいか滑ってしまったようです。
当院は何らかの責任を負うのでしょうか。
なお、階段は数段ということもあり、とくに手すり等は設置していませんでした。

⃝神奈川県・H歯科医院

診療所と患者の間には歯科診療契約が存在します。

この契約は、本質的には歯科診療の実施と診療費の支払いを内容としますが、付随する義務として、診療所には患者の生命・身体等に対する安全配慮義務が課せられます。

患者が初診で来院した時点、すなわち歯科診療契約締結前であっても、診療所は安全配慮義務を負います。なぜなら、契約締結に向けて患者は来院し、診療所は来院を受け入れるという特別な関係に入っているからです。

それでは、ご質問のケースにおいて安全配慮義務違反が認められるのでしょうか。安全配慮義務の一環として、診療所の入り口の階段部分に転倒防止対策を講じる義務があったのかどうか、仮に義務があった場合、その義務に違反したというべきかどうかが問題となります。

まず転倒防止義務についてですが、これは義務があったというべきです。現場の具体的状況が不明ですが、診療所の入り口に繋がる階段ということであり、また手すり等は設置していない(設置しようと思えば設置可能)ということですので、階段部分は診療所の管理下にあると思われます。

そして、転倒事案の裁判例をみると、たとえばショッピングセンター、コンビニエンスストア、スーパーマーケット、銀行のATMコーナー等、不特定多数の利用者が出入りする店舗内(すなわち施設管理者の管理下にある場所)において、店舗側に転倒防止義務があるとされています。

次に、転倒防止義務に違反するかどうかについてですが、同種の裁判例をみると、①滑りやすさの程度②施設管理者による管理状況③施設利用者の不注意の程度等を考慮して判断されています。

①については、当時、そもそも利用者が転倒するような滑りやすさであったのか、床(階段)の材質や仕上げ、勾配、濡れていた程度等から判断されます。すべり抵抗係数(CSR値)が判断要素になることもあります。

②については、滑り止めマット、手すり、注意喚起の看板等の設置の有無、室内であれば水分を含んだ滑り止めマットの交換や床(階段)の乾拭きの頻度、たとえばバナナの皮等の転倒の原因となった落下物があったのであれば、そのようなものを除去するための清掃頻度等が判断要素となります。

③については、たとえば患者が走っていた、荷物で両手が塞がっていた、滑りやすい靴底の靴を履いていたなどの事情があれば、患者側の過失として過失相殺される場合もあります。患者の過失の程度が重大であれば、診療所の安全配慮義務違反自体が否定されることもあります。

ご質問のケースについては、事故発生当時における現場の具体的状況がわからず、階段が屋外・屋内のどちらにあるのかも不明のため、はっきりとした結論を示すことは困難です。もっとも、雨で濡れる場所であるにもかかわらず、手すり等の設置はなく、その他、特段の転倒防止対策は講じていなかったようですので、安全配慮義務違反となる可能性はあると思われます。

なお、患者が高齢者であったことは、それだけで患者側の過失とは認められません。なぜなら、歯科診療所として、老若男女さまざまな患者が来院することが当然に予定されているのですから、それらの患者全員の安全に配慮する義務があると考えられるからです。転倒しやすい高齢者や歩行に不自由のある患者でも、安心して通院することができる施設管理が求められます。

井上雅弘
●銀座誠和法律事務所

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