歯科矯正では、近年アライナー矯正治療が注目されています。しかし、まだ新しい分野であり、歯科医師であっても対応に苦慮することもあるかと思います。アライナー矯正は、診査診断や不足の事態の対応には、専門的な高いスキルも必要になります。
本記事では、アライナー矯正治療について、推奨される症例と推奨されない症例も含めて解説します。
※日本矯正歯科学会からも「アライナー型矯正装置による治療指針」が公開されていますので、参照されることをおすすめいたします。
日本矯正歯科学会「アライナー型矯正装置による治療指針」
https://www.jos.gr.jp/information/guideline_aligner_pointer
Contents
アライナー矯正治療とは
アライナー矯正治療とは、薄い板状の樹脂でつくられたアライナーとよばれる歯型を装着し、歯並びを矯正する治療法のことを指します。
アライナーは別名「マウスピース」とよばれることもあり、歯の矯正における一般的な治療法として定着しています。
なお、一口にアライナーといっても、石膏模型を用いて歯型を製作する方法もあれば、三次元画像のシミュレーションソフトを用いてリソグラフ模型を製作し、熱可塑性樹脂とよばれる素材を圧着してつくられるものまで多様化しています。
特に、リソグラフ模型をもとにしてつくられるアライナーは、デジタル技術によって正確な歯型がシミュレーションできることから高精度で、近年さまざまな歯科医院で導入が進んでいます。
ブラケット矯正とアライナー矯正の違い
ご存じのように、歯科矯正にはアライナーを用いる方法以外にも、ブラケット矯正とよばれる方法があります。これはブラケットとよばれる装置をワイヤーで接続し、歯の表面に装着することで徐々に歯を移動させ歯並びを矯正します。
ブラケットを歯の表面に装着するだけのため、診療の自由度が高くさまざまなパターンの不正咬合に対応できるメリットがあります。また、これまで広く普及してきた矯正治療法であるため治療費も安く、経済的負担が少ないのも魅力のひとつです。
しかし一方で、ブラケット矯正は歯の表面に装着された金属製のブラケットが目立ってしまい、審美性を損なうといったデメリットがあることも事実です。
審美性を追求した、目立ちにくい審美ブラケットもありますが、金属製の一般的なブラケットに比べると高価です。
また、ブラケット矯正は歯の表面にブラケットを長期間装着したままになるため、汚れが溜まりやすく歯磨きに手間がかかるといった問題も発生します。
これに対してアライナー矯正は、マウスピースそのものが透明で目立ちにくいため審美性が確保できることと、容易に取り外しもできるため歯磨きの際に邪魔になることもありません。
このような理由から、ブラケット矯正ではなくアライナー矯正治療を選択する患者が徐々に増えている現状があります。
アライナー型矯正装置の装着が向いている人
さまざまなメリットが期待できるアライナー矯正ですが、すべての症例に対して推奨される治療方法ではありません。それぞれの治療法の特性を正しく理解することはもちろん、症例に合わせて適切な治療法を選択することが何よりも重要です。
では、アライナー矯正は具体的にどういった人に向いているのか、推奨される症例をいくつか紹介しましょう。
非抜歯の症例
歯を抜かずに歯並びを整える「非抜歯」の矯正では、前歯が前方に突き出してしまったり、歯と歯の間に軽度の隙間が生じることがあります。非抜歯の状態で、大きな歯根の移動が伴わない場合、アライナー矯正の適応症例として推奨されます。
※アライナーを使いたいから非抜歯にするといった考え方は間違い
矯正治療後に後戻りしたケース
以前に矯正治療に取り組んで改善したものの、その後歳月をかけて後戻りしてしまうことがあります。このような場合、歯根そのものは正しい位置にあり歯が縦方向に傾いた状態にあるケースが多く見られます。
ブラケット矯正よりもマウスピースを装着したほうが、短期間で歯の傾きを矯正できることから、アライナー矯正治療の適応症例となります。
歯根の移動が少ない抜歯
アライナー矯正は抜歯の矯正治療は難易度が高いため非適応症例となるケースが多くあります。しかし、抜歯をしても前歯が前方に傾いているケースなどは歯根の移動が少ないため、アライナー矯正治療が適応となる場合もあります。
ただし、抜歯後にアライナー矯正が適応できるか否かの判断は、歯科医の経験や知見によっても分かれるところです。矯正治療の経験が少ない歯科医では判断が難しく、適応できないケースも少なくありません。
金属アレルギーのある人
ブラケット矯正に用いるブラケットやワイヤーといった金具は、金属が原料となっているため体質によってはアレルギー反応を引き起こす場合もあります。
長期間にわたってブラケットを装着していると、金属物質の一部が溶け出して口腔内に炎症をもたらすなどの健康被害がおよぶ危険性もあるでしょう。
アライナー矯正であれば、金属ではなく樹脂製のマウスピースを使用するため、金属アレルギー体質の方でも安心して治療を受けることができます。
アライナー型矯正装置の装着が向いていない人
上記とは対照的に、アライナー型矯正装置の装着が推奨されないケースも少なくありません。具体的にどういった症例の場合に適応外となるのか、こちらも具体例をいくつか紹介しましょう。
抜歯症例で前歯が内側に傾斜している
抜歯をした場合、前歯が内側(舌側)に傾いてくることがあります。このような場合、歯根の移動を慎重に行わないと歯茎から歯根が露出してしまうリスクが考えられます。
前歯が内側に傾斜しているとアライナー矯正だけでなく、ブラケット矯正でも治療が難しいことから、トルキングとよばれる回転方向に歯を動かす矯正治療が適応されるケースが多くあります。
歯を大きく移動しなければならない
同じく抜歯症例で、歯そのものを大きく移動しなければならない場合や、歯の捻じれを矯正するために回転させたり、歯を沈み込ませたり引っ張り出さなければならない場合も、アライナー矯正は適応外となるケースが多くあります。
歯の発育段階にある
乳歯が生え揃った段階、または乳歯と永久歯が混在している段階など、歯の発育段階にある状態では、いつ新しい歯が生えてくるのか予測が困難です。この状態でアライナーを装着してしまうと、正常な歯の発育を阻害する可能性があることから、アライナー矯正は適応外と診断されるケースが少なくありません。
骨格形成に問題がある
噛み合わせが悪く、上の歯と下の歯の位置が安定しない場合、顎の骨格形成そのものに問題がある可能性があります。
このような状態でアライナーを装着してしまうと、上下の歯を噛み合わせたときに歯の表面が滑り、さらに骨格が不安定化するおそれも考えられます。症状を悪化させないためにも、骨格形成そのものに問題が疑われる場合には無理に矯正治療を選択するのではなく、専門医へ相談し関節の状態や運動機能を正しく診断のうえ治療に取り組む必要があります。
アライナー矯正治療の適応可否は慎重な判断が必要
今回紹介してきたように、アライナー矯正治療は従来のブラケット矯正に比べてさまざまなメリットがある一方で、適応できる症例が限られるなどデメリットも存在します。
必ずしも万能な矯正治療法とはいえず、適応可否については慎重な判断が求められるでしょう。今回ピックアップした症例も参考にしながら、患者の負担を最小限に抑え短期間で改善できる治療法を選択することが重要です。