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刊行にあたって
歯学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)に、初めて「臨床推論(臨床診断推論)」が加えられた。その目的として、「口腔・顎顔面領域の主な症候から病態生理学的に発症原因を推論し、分類、鑑別診断できる基本的能力を身に付ける。」と記され、歯科においても論理的思考法の習得が勧められるに至った。
私の臨床推論とのかかわりは、1997年、非歯原性歯痛を知って以来で、現在は各種の痛みをパターン認識法と仮説演繹法を相補的に組み合わせて臨床推論するに至っている。
口腔顔面痛の臨床経験から、「一般歯科臨床でも歯痛診断に分析的臨床推論を活用しましょう」と勧めると、決まって反論が返ってくる。「歯痛は口の中をみれば原因がわかる。カリエスがなかったら打診をしたり、エアーをかけたり冷刺激で何時もの痛みが出て、この歯だと診断できる。レントゲンを撮ればカリエスや根尖病巣が確認できるし、電気歯髄診断で歯髄壊死が確認できる。従来からの方法でちゃんと診断できるのになぜ臨床推論などという理屈をこねて診断する必要があるのか」と言われる。
私もかつては、どんなに強い歯痛であっても、患者の指す部位にカリエスがあり、そこにエアーをかけると「ギャーッ」と痛みが出て、「この歯の神経が炎症を起こして痛いんですよ、神経をとりましょう」と麻酔をして抜髄、あるいは別な例では、冷たいペットボトルの水を口に含んで痛みを抑えている、打診が強く、レントゲンを撮ったら根尖病巣があり、「この歯の根の先に膿が溜まって内圧が高まって痛いんです、根の治療をして膿を出しましょう」と、根尖を穿通して排膿させる、また、痛みの部位が曖昧な症例では診断的局所麻酔を駆使して患歯を特定する、いずれも通常の歯科処置で痛みが取れて患者さんは笑顔で帰って行くのが歯痛診断、治療と思っていた。そこには複雑な診断過程は存在せず、その必要性も感じていなかった。
ところが、30数年前に非歯原性歯痛という概念を知って以来、一転して分析的診断重視の臨床となり、基本的に仮説演繹法を活用してきた。非歯原性歯痛の原疾患を診断ができるようになるとともに、なぜか非歯原性歯痛の患者さんが多くなった。それまでの自分の臨床を思い返してみると、簡単に患歯を特定できない、抜髄や根管治療で痛みが改善できない場合には、歯に痛みがあっても患部が特定できない、経過をみても歯には異常が現れない等で、“ 原因不明” と扱っていたことを思い知らされた。つまり、それまでの臨床ではイメージ診断、パターン認識法で歯原性歯痛は診断できていたが、そこに当てはまらないものは勝手に原因不明として、正しい診断を見落としていた訳である。
口腔顔面痛の診断では、まるで絡まった毛絲を解すように診断過程を“ 視える化” して進めることが重要で、その過程は文字化されることにより、自分の診断過程を検証したり、上級医に検証してもらったり、可視化した診断過程を教育に活用することができる。
本書は歯科医師向けに臨床推論を本格的に解説する、最初の書籍であろう。読者の臨床推論への理解が深まり、日常臨床における痛み診断能力の向上に寄与できることを願っている。
最後に、症例提示いただいた多くの執筆者に謝意を表する。同時に、度重なる校正と編集作業をしていただいたデンタルダイヤモンド社編集部の皆さんに御礼申し上げる。
2024年8月
和嶋浩一
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和嶋浩一(わじま こういち)
1978年 神奈川歯科大学歯学部卒業
1978年 慶應義塾大学病院研修医(歯科口腔外科)
1980年 慶應義塾大学助手(医学部歯科口腔外科学教室)
1995年-2017年 慶應義塾大学専任講師(医学部歯科口腔外科学教室)
2010年-2022年 昭和大学兼担講師 (歯学部口腔医学講座教育部門)
2017年-2022年 慶應義塾大学非常勤講師(医学部歯科口腔外科学教室)
2017年- 札幌市 風の杜歯科口腔顔面痛外来非常勤歯科医師
2021年- 北海道大学非常勤講師(歯学部薬理学教室)
2021年- 元赤坂デンタルクリニック口腔顔面痛センター院長
【所属学会・資格】
日本口腔顔面痛学会(名誉会員、初代理事長、顧問、指導医、専門医)
日本頭痛学会(名誉会員、指導医、頭痛専門医)
日本顎関節学会(名誉会員、指導医、歯科顎関節症専門医)
American Board of Orofacial Pain(Diplomate 試験合格199907)
Asian Academy of Orofacial pain and TMD(Past President)
本のエッセンスは、書籍の「はじめに」や「刊行にあたって」に詰まっています。
この連載では、編集委員や著者が伝えたいことを端的にお届けするべく、おすすめ本の「はじめに」や「刊行にあたって」、「もくじ」をご紹介します。
今回は、『“痛み”の臨床推論 診断過程を可視化するための教科書』です。