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刊行にあたって
近年、さまざまな分野でアナログからデジタルへと移行していますが、歯科の分野も例外ではありません。総義歯においても、確実にデジタル化が進むのは間違いないでしょう。
私の今日までの総義歯臨床を振り返ってみると、大学卒業当時は「教わったとおりに総義歯を製作すれば、患者さんにうまく装着できる」と思っていました。しかし、現実はそんなに甘くなく、すんなりと患者さんの口腔内に収まってはくれませんでした。ここからが、私の総義歯の勉強の始まりでした。
大学院では、基礎の病理学を学びました。いまにして思えば、大学院で過ごしたことが総義歯への興味に結びついたような気がします。それは、病理も総義歯も私には同じ形態学だと思えたからです。ミクロ形態学か、マクロ形態学かの違いだけです(正常な形態、異常な形)。大学院修了後は神奈川歯科大学の先輩である宮本秀幸先生の診療所に勤務し、そこで一から臨床を教わったことが、今日までの基本に繫がったと思っています。
開業して間もないころ、納富哲夫先生の霞ヶ関ポストグラデュエートコースを受講しました。そこでショックを受けたのは、補綴臨床に基礎の解剖学や生理学が結びついていたことでした。私は学生時代、基礎と臨床がどこで結びつくのかと悩んでいたので、たいへんわかりやすく理解できたことを思い出します。
開業後に、加藤武彦先生(咬座印象)、吉川郁司先生(フィットチェッカーの見方)、山本為之先生(キーゾーン排列による嚙める義歯)、歯科技工士の金子万造氏(勉強会)と出会うことができ、いろいろとご指導いただきました。このような私の総義歯臨床の経験のなかで、さまざまな分野でイノベーションが起きている今日でも変わらないことがあります。
それは、総義歯を装着している高齢者の唯一の楽しみは、口からおいしく食べることです。そのために、痛くなく、よく嚙め、落ちずに、楽しくおしゃべりができる義歯を求めるのは、いうまでもありません。さらに、若々しい顔貌が取り戻せるのも然りです。「人生に再び花が咲いた」という方もいらっしゃいました。それくらい総義歯で口からおいしく食べられることはたいへん重要なのです。
しかし、実際の臨床現場では、患者さんが喜んで使用できる義歯がどれだけ製作されているのでしょうか?
義歯安定剤の年間売り上げを考えると、義歯の製作はかなり難しいのかもしれません。事実、近年はインプラントを義歯治療に取り入れるケースが増えてきています。しかし、私はやはり従来からの総義歯調整法が生体にやさしい治療法であると信じています。
2024年5月吉日
渡辺宣孝
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渡辺宣孝(わたなべ のぶたか)
1950年 静岡県生まれ
1975年 神奈川歯科大学 卒業
1979年 神奈川歯科大学大学院 修了(口腔病理学)
1981年 横浜市戸塚区にて開業
元 神奈川歯科大学臨床教授
元 神奈川歯科大学学会 評議員
元 横浜市歯科医師会 副会長
元 戸塚区歯科医師会 理事
2008年 日歯生涯研修セミナー 講師
2010年まで、東京医科歯科大学歯科同窓会 ポストグラデュエートコース 講師
本のエッセンスは、書籍の「はじめに」や「刊行にあたって」に詰まっています。
この連載では、編集委員や著者が伝えたいことを端的にお届けするべく、おすすめ本の「はじめに」や「刊行にあたって」、「もくじ」をご紹介します。
今回は、『総義歯の病理 基礎と臨床から導き出された総義歯製作法』です。