- ボツリヌス療法は医科の美容診療でよく行われているそうですが、歯科でも臨床応用可能と耳にしました。この治療法のメリット・デメリット、歯科での適応症を教えてください。 大阪府・E歯科医院
-
美容診療のイメージが強いボツリヌス療法ですが、歯科治療の1つとして今後ますますの拡充が見込まれています。
1.ボツリヌス療法とは
21世紀のペニシリンともいわれるボツリヌストキシンは、ボツリヌス菌が生成する外毒素(ボツリヌストキシン)を抽出し、治療に用いる方法です。ボツリヌストキシンは、①筋肉の過活動や緊張の抑制、②疼痛の緩和、③分泌腺の働きの抑制作用をもつため、さまざまな疾患に対して広く利用されています。2. メリットとデメリット
効果は奏効させる筋肉にもよりますが、数日~数週間で効果発現が見られます。作用は可逆的であり、通常は数ヵ月から1年程度で効果が減弱します。ただし、反復投与により効果の持続期間が長くなる場合もあります。
注意点は、筋萎縮性側索硬化症など筋肉が弱くなる疾患をもつ方や、妊娠中、授乳中、妊活中の方には投与が禁忌とされています。3. 歯科での適応
保険適用外ですが、以下の疾患、症状に対してボツリヌス療法が適応されています。
•顎関節症、ブラキシズム
•口唇閉鎖不全
•ガミースマイル
•顎口腔ジストニア
1)顎関節症、ブラキシズム
症状:①ブラキシズムや咀嚼筋の過緊張から誘発される顎関節痛障害、咀嚼筋痛障害、知覚過敏、歯牙・歯根破折、頭痛、肩凝り、首凝り、②咀嚼筋由来の非歯原性歯痛。
投与筋:咀嚼筋(おもに咬筋、側頭筋)。
過度な咬合力、睡眠時ブラキシズム、TCHによって、歯に持続的な負担がかかることにより歯周ポケットの改善が難しい症例、矯正治療の後戻り予防、インプラント周囲炎の予防などにも使用されています。
臨床症状だけではなく、表面筋電計(図1)を用いることで患者に自覚を促し、治療前後の変化を客観的に評価することも重要です。
最近では歯科治療としてのボツリヌス療法の認知が広がり、ペインクリニックや頭痛外来、神経内科からの紹介患者も増加しています。
2)口唇閉鎖不全
症状:オトガイ筋の過緊張によって生じる、①オトガイ部の梅干し皺、②口呼吸(「お口ポカン」の状態)、③下顎前歯部の唇側傾斜。
投与筋:オトガイ筋。
オトガイ筋の過緊張が緩和されると口が閉じやすくなり、口腔内の乾燥が減少します。これにより唾液による自浄作用が促進され、歯面のプラーク付着や着色が減少します。
3)ガミースマイル
症状:笑った際に筋の過剰な働きによって生じる、①歯肉の露出が顕著な症例、②上顎前歯部の唇側傾斜。
投与筋:上唇挙筋、上唇鼻翼挙筋。
施術の目的としては審美的な側面もありますが、上顎前歯部のプラーク付着や着色の減少にも繫がります。
4)顎口腔ジストニア
投与筋:咀嚼筋、口腔周囲筋(症状に応じて)。
ジストニアは不随意運動の一種で、持続的な筋収縮により特定の姿勢や動作が障害される病態です。具体的には、咬筋の過緊張による「閉口ジストニア」、両側の外側翼突筋の過緊張による「開口ジストニア」、片側の外側翼突筋の過緊張による「顎偏位ジストニア」などが挙げられます。
口顎部のジストニアは顎関節症と混同されることもあり、また、ブラキシズムは咬筋の緊張亢進によるジストニアが原因である場合もあります。
局所性ジストニアはボツリヌス療法が第一選択のため、神経内科と連携し治療を進めることもあります。不随意に口をモグモグと動かしたり、舌をペロペロと動かしてしまうジスキネジア、軟口蓋の規則的な収縮が見られる軟口蓋振戦などを併発している場合もあり、医科との連携も大切です。
5)その他
口腔周囲筋の働きが強く、印象採得が難しい場合や義歯・マウスピースが外れやすい場合には、口輪筋に投与することもあります。
歯科以外の適応は、図2をご参照ください。1977 年にアメリカの眼科医Scott が斜視の治療にボツリヌストキシンを応用したことを契機に、眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、痙性斜頸、痙縮、多汗症、痙攣性発声障害、過活動膀胱など日本国内でも多くの疾患に対して保険適用となっている。
たとえば、リハビリテーション科では脳卒中や脳梗塞の後遺症により硬直した筋肉の筋緊張を緩和させることでQOL の向上に寄与している。
近年の研究では、ボツリヌストキシンに抗不安作用があることが示唆され、アメリカではうつ病治療薬としての治験も開始されている。加えて、欧米諸国ではブラキシズムや顎関節症だけではなく、片頭痛、三叉神経痛などの神経障害性疼痛に対しても広く利用されており、日本でもその認知が広がっている。図❷ 歯科以外でのボツリヌス療法の例
●
ボツリヌス療法は診査・診断と適切な筋肉に適量を注入することが最も重要です。施術を誤ると効果が奏効しなかったり、表情が出せなくなるリスクがあるからです。クリニックに導入する際には、講習会などで適応と手技を学んでから実施することをお勧めします。
古畑 梓
●東京都・古畑いびき睡眠呼吸障害研究所
/古畑歯科医院
●日本歯科大学附属病院 内科謝辞
吉田和也先生(京都医療センター 歯科口腔外科)に御礼申し上げます。
▽月刊デンタルダイヤモンドのバックナンバーはこちら▽
https://www.dental-diamond.co.jp/list/103
▽Q&Aのバックナンバーはこちら▽
https://dental-diamond.jp/qanda.html
学術・経営・税務・法律など歯科医院での治療・経営に役立つQ&Aをご紹介いたします。今回は、月刊 デンタルダイヤモンド 2024年11月号より「歯科におけるボツリヌス療法の臨床応用」についてです。