クレンチングに左右差はあるのか?
●クレンチングに左右差があると聞きました。たしかに咬合力に左右差はありますが、障害があって片側で異常に咬む患者以外の健常者で、それほどクレンチングに左右差があるものなのでしょうか? 臨床上、くいしばりや歯ぎしりをする患者では、下顎骨隆起が両側にみられますが、片側だけに下顎骨隆起がある患者には遭遇したことがありません。
──滋賀県・O歯科
質問にはクレンチングとありますが、これは広義にはブラキシズムに含まれます。
ブラキシズムは「咀嚼筋群が何らかの理由で異常に緊張して、咀嚼、嚥下、発音などの機能的な運動と関係なく、上下の歯を擦り合わせたり、くいしばったりする習癖」と定義されています。このうち、クレンチングは下顎をほとんど動かさずに咬頭嵌合位で強く噛みしめる状態のことをいいます。
咀嚼筋の制御は左右が完全に独立して行われるわけではなく、その調和によって顎運動が行われるので、神経疾患などによる麻痺や運動障害を除いて、完全な片側性の制御を受けることはあり得ません。もちろん、クレンチングは咬頭嵌合位で行われるとはかぎらず、グラインディングも左右均等に動かしたり、力をかけているわけではありませんが、通常は顎運動に極端な左右差は生じません。
したがって、「ブラキシズムには極端な左右差はない」と考えても差し支えはないと思われます。また、左右どちらかにのみ咬頭接触が継続する状態は、ご指摘のようにかなり特殊な環境であると考えられ、ジストニアやジスキネジアなどのような神経系の疾患などによる運動障害が生じていなければ、下顎の両側に力がかかっていることになります。
一方、下顎骨隆起についてですが、局所における骨組織の過剰な発育による、いわゆる外骨症の一つです(図1)。教科書的には、第2小臼歯付近に生じることが多く、一般的には左右対称性に発症しますが、片側性の場合もあるとされています。一般的に下顎骨隆起はブラキシズムと関連するともいわれていますが、原因はそれだけではなく、「下顎骨隆起=ブラキシズムが原因である」とは言い切れません。
以上をまとめると以下のようになります。
●ブラキシズムは力の差はあっても、基本的には左右差はあまりないと考えて差し支えない
●非作業側の上下歯列が接触しない状態が持続することは、非常に特殊な環境以外では起こりにくく、ブラキシズムに左右差があったとしても、非作業側における咬頭接触は起きている(とくにクレンチングにおいて)
●下顎骨隆起の原因は外傷性咬合のみではない
●片側性の下顎骨隆起もないことはない
したがって、クレンチングに左右差はあまりなく、仮に左右差が生じているとしても、下顎骨隆起の形成の左右差という現象として現れるとは考えにくいといえます。また「下顎骨隆起の発症原因がクレンチングではないこともある」ともいえます。つまり、「両側性の下顎骨隆起は両側性のクレンチングの結果である」という仮説は成り立たないと思われます。
図1 両側下顎臼歯部舌側に形成された大きな下顎骨隆起(61歳、男性)
a:口腔内写真
b:下顎骨の水平断。両側下顎小臼歯部〜大臼歯部の舌側に骨隆起が観察される
c:下顎骨隆起部の断面
【参考文献】
ブラキシズムは「咀嚼筋群が何らかの理由で異常に緊張して、咀嚼、嚥下、発音などの機能的な運動と関係なく、上下の歯を擦り合わせたり、くいしばったりする習癖」と定義されています。このうち、クレンチングは下顎をほとんど動かさずに咬頭嵌合位で強く噛みしめる状態のことをいいます。
咀嚼筋の制御は左右が完全に独立して行われるわけではなく、その調和によって顎運動が行われるので、神経疾患などによる麻痺や運動障害を除いて、完全な片側性の制御を受けることはあり得ません。もちろん、クレンチングは咬頭嵌合位で行われるとはかぎらず、グラインディングも左右均等に動かしたり、力をかけているわけではありませんが、通常は顎運動に極端な左右差は生じません。
したがって、「ブラキシズムには極端な左右差はない」と考えても差し支えはないと思われます。また、左右どちらかにのみ咬頭接触が継続する状態は、ご指摘のようにかなり特殊な環境であると考えられ、ジストニアやジスキネジアなどのような神経系の疾患などによる運動障害が生じていなければ、下顎の両側に力がかかっていることになります。
一方、下顎骨隆起についてですが、局所における骨組織の過剰な発育による、いわゆる外骨症の一つです(図1)。教科書的には、第2小臼歯付近に生じることが多く、一般的には左右対称性に発症しますが、片側性の場合もあるとされています。一般的に下顎骨隆起はブラキシズムと関連するともいわれていますが、原因はそれだけではなく、「下顎骨隆起=ブラキシズムが原因である」とは言い切れません。
以上をまとめると以下のようになります。
●ブラキシズムは力の差はあっても、基本的には左右差はあまりないと考えて差し支えない
●非作業側の上下歯列が接触しない状態が持続することは、非常に特殊な環境以外では起こりにくく、ブラキシズムに左右差があったとしても、非作業側における咬頭接触は起きている(とくにクレンチングにおいて)
●下顎骨隆起の原因は外傷性咬合のみではない
●片側性の下顎骨隆起もないことはない
したがって、クレンチングに左右差はあまりなく、仮に左右差が生じているとしても、下顎骨隆起の形成の左右差という現象として現れるとは考えにくいといえます。また「下顎骨隆起の発症原因がクレンチングではないこともある」ともいえます。つまり、「両側性の下顎骨隆起は両側性のクレンチングの結果である」という仮説は成り立たないと思われます。
図1 両側下顎臼歯部舌側に形成された大きな下顎骨隆起(61歳、男性)
a:口腔内写真
b:下顎骨の水平断。両側下顎小臼歯部〜大臼歯部の舌側に骨隆起が観察される
c:下顎骨隆起部の断面
- 1)長谷川成男,坂東永一(監):臨床咬合学辞典.医歯薬出版,東京,1997.
- 2)石川梧郎,秋吉正豊:口腔病理学.永末書店,京都,1982.
- 3)小村 健,天笠光雄,道 健一,榎本昭二(監):口腔外科学第5版.医歯薬出版,東京,2017.
- 4)Okura K, Shigemoto S, Suzuki Y, et al.: Mandibular movement during sleep bruxism associated with current tooth attrition. J Prosthodont Res, 61(1): 87–95, 2017.
- 5)Okura K, Nishigawa K, Bando E, Nakano M, Ikeda T, Suzuki A: The relationship between jaw movement and masseter muscle EMG during sleep associated bruxism. Dent Jpn (Tokyo), 35: 53–56, 1999.
儀武啓幸
●東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
顎顔面外科学分野