材料費高騰・技工士不足を理由に診療拒否できる?
●現在、金銀パラジウムの金額が高騰し、保険診療では完全に赤字になっています。また、保険診療できちんとした全顎補綴を作製してくれる歯科技工士を見つけるのも苦労します。これらの事情を理由に、全顎補綴が必要な患者から保険診療で治療を希望された場合、治療を断ることができるのでしょうか?
── 愛知県・O歯科医院
1.応召義務
治療を拒否できるか否かは、応召義務の問題です。ご存知のとおり、歯科医師法19条1項は、「診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と、応召義務を定めています。そのため、保険診療の採算性や、適切な歯科技工士の確保の困難性が「正当な事由」に該当すれば、歯科医師は診療を拒否できることになります。
応召義務と正当な事由に関してはいくつか通知がありますが、最近、令和元年12月25日医政発1225第4号厚生労働省医政局長通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」が、発せられました(以下、本通知)。過去に発出された応招義務にかかわる通知などにおける行政解釈と本通知との関係については、今後は基本的に本通知が妥当するとされていますので、本稿でも本通知に沿って説明します。
2.保険診療の採算性
本通知においては診療費に関し、「以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されない」、「しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意をもってあえて支払わない場合などには、診療しないことが正当化される。具体的には、保険未加入等医療費の支払い能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されないが、医学的な治療を要さない自由診療において支払い能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される」、「また、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定される場合もある」とされています。
ご質問について本通知に照らすと、患者による診療費の悪質な未払いがあるわけでもなく、単に保険診療では採算が合わないというだけでは、まず「正当な事由」には該当しないと思われます。
3.適切な歯科技工士の確保の困難性
本通知を含め、応召義務と歯科技工士の確保の関係性について言及した通知はありません。もっとも本通知では、「正当な事由」に関して最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)であるとされています。また、他の重要な考慮要素として、「診療を求められたのが、診療時間(医療機関として診療を提供することが予定されている時間)・勤務時間(医師・歯科医師が医療機関において勤務医として診療を提供することが予定されている時間)内であるか、それとも診療時間外・勤務時間外であるか」、「患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係」が挙げられています。
ご質問については、通常、全顎補綴に緊急性は認められないと思われますし、適切な歯科技工士の確保は、診療時間や患者との信頼関係などとも関連性がありません。そのため、たとえば歯科技工士の確保がおよそ不可能であるという想定し難いケースであればまだしも、単に適切な歯科技工士の確保が難しいというだけでは、「正当な事由」に該当せず、診療を拒否できないと考えられます。
昨今、歯科診療所は厳しい経営環境下にありますが、歯科医師として応召義務を負っている以上、患者ごと・診療ごとに望ましい費用対効果(診療の苦労などと診療報酬額のバランス)を求めるのではなく、たとえば、他の自由診療報酬などを考慮し、診療所全体としてみれば経営が成り立つような経営努力・工夫が求められるといえます。
治療を拒否できるか否かは、応召義務の問題です。ご存知のとおり、歯科医師法19条1項は、「診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と、応召義務を定めています。そのため、保険診療の採算性や、適切な歯科技工士の確保の困難性が「正当な事由」に該当すれば、歯科医師は診療を拒否できることになります。
応召義務と正当な事由に関してはいくつか通知がありますが、最近、令和元年12月25日医政発1225第4号厚生労働省医政局長通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」が、発せられました(以下、本通知)。過去に発出された応招義務にかかわる通知などにおける行政解釈と本通知との関係については、今後は基本的に本通知が妥当するとされていますので、本稿でも本通知に沿って説明します。
2.保険診療の採算性
本通知においては診療費に関し、「以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されない」、「しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意をもってあえて支払わない場合などには、診療しないことが正当化される。具体的には、保険未加入等医療費の支払い能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されないが、医学的な治療を要さない自由診療において支払い能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される」、「また、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定される場合もある」とされています。
ご質問について本通知に照らすと、患者による診療費の悪質な未払いがあるわけでもなく、単に保険診療では採算が合わないというだけでは、まず「正当な事由」には該当しないと思われます。
3.適切な歯科技工士の確保の困難性
本通知を含め、応召義務と歯科技工士の確保の関係性について言及した通知はありません。もっとも本通知では、「正当な事由」に関して最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)であるとされています。また、他の重要な考慮要素として、「診療を求められたのが、診療時間(医療機関として診療を提供することが予定されている時間)・勤務時間(医師・歯科医師が医療機関において勤務医として診療を提供することが予定されている時間)内であるか、それとも診療時間外・勤務時間外であるか」、「患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係」が挙げられています。
ご質問については、通常、全顎補綴に緊急性は認められないと思われますし、適切な歯科技工士の確保は、診療時間や患者との信頼関係などとも関連性がありません。そのため、たとえば歯科技工士の確保がおよそ不可能であるという想定し難いケースであればまだしも、単に適切な歯科技工士の確保が難しいというだけでは、「正当な事由」に該当せず、診療を拒否できないと考えられます。
昨今、歯科診療所は厳しい経営環境下にありますが、歯科医師として応召義務を負っている以上、患者ごと・診療ごとに望ましい費用対効果(診療の苦労などと診療報酬額のバランス)を求めるのではなく、たとえば、他の自由診療報酬などを考慮し、診療所全体としてみれば経営が成り立つような経営努力・工夫が求められるといえます。
井上雅弘
●銀座誠和法律事務所