感染性心内膜炎への抗菌薬投与による問題点
●感染性心内膜炎を予防するための抗菌薬投与の是非について、現在の問題点を教えてください。
── 香川県・K歯科クリニック
感染性心内膜炎(IE)は、心内膜に形成される血小板とフィブリンからなる疣腫に、細菌が付着して生じます。その細菌の供給先が菌血症を生じる歯科処置にあるといわれています。このため、古くから歯科処置の際には、抗菌薬の予防投与を行うことが有効であるとされ、1950年代よりAHA(米国心臓学会)などから抗菌薬使用の勧告がなされ、現在まで多くの改訂が行われています1)。
この場合のターゲットは口腔由来のレンサ球菌であり、ペニシリンが有効である可能性が高く、ペニシリンを中心としたレジメになっています。確かに、抗菌薬投与によりIEの発症が予防されるものと思われますが、これらの根拠は動物実験、抜歯後菌血症の抑制効果、専門家の意見などが主体となり、実際の効果を検証することは困難です。つまり、抗菌薬を投与しない群を設けた臨床試験が倫理的にできない、参加者もいないであろうと考えられるからです。
そのようななか、AHAは2007年のガイドラインで予防投与について「いままでの論文は不十分なものが多く、信頼に値しない。抜歯時だけ抗菌薬を投与する効果も疑わしい。日常の歯ブラシや咀嚼のほうがよほど危険である」と指摘し、対象疾患を従来の超ハイリスク群のみに限定する大胆な転換を行いました2)。このような結論は世界中に大きな動揺を与えました。
いままで予防投与を受けていた患者さんに、「実は、いままでの投与は効果が疑わしい。アレルギーの心配もあるため、国家財政のためにもこれからは抗菌薬を投与しない」と言っても混乱するばかりです。米国の雑誌には「先生、以前から服用しても副作用はないし、自分でジェネリックのペニシリン買ってくるから飲ませてくれ」との笑い話ともつかない記事が載っていました。それから8年後、ショッキングなレポートがLANCETに掲載されました。
実は、英国のNICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)は2008年3月から、すべてのIEに対する抗菌薬の予防投与を中止しました。その結果、「歯科医師のアモキシシリン投与量は劇的に減少し、それに呼応するようにIEの発症頻度が増加した。リスクにかかわらず、この傾向が見られた」との論文でした3)。これにはAHAもNICEも慌てたようで、論文の問題点を指摘してレジメの有用性を強調していますが、大きな反響を呼んでいます。確かに、IEの発症件数と抗菌薬投与の処方箋枚数を単純に比較しただけですので結論をいうには不十分ですが、抗菌薬投与を行わない壮大なヒト臨床試験が行われたことになります。
抗菌薬の予防投与は、患者自身の利益を求めて行うわけですから、実験ではありません。私たちは、あまり早急に大転換をせず、安全な医療のために抗菌薬投与を勧めるほうがよいのではと思っています1)。私たちは、現時点では日本循環器学会のガイドライン(JCS 2008)に従って患者群を広めにとり、ハイリスクには点滴で、経口薬では可能なかぎり、AHAの投与量に近づけるようにと考えています1,4)。
この場合のターゲットは口腔由来のレンサ球菌であり、ペニシリンが有効である可能性が高く、ペニシリンを中心としたレジメになっています。確かに、抗菌薬投与によりIEの発症が予防されるものと思われますが、これらの根拠は動物実験、抜歯後菌血症の抑制効果、専門家の意見などが主体となり、実際の効果を検証することは困難です。つまり、抗菌薬を投与しない群を設けた臨床試験が倫理的にできない、参加者もいないであろうと考えられるからです。
そのようななか、AHAは2007年のガイドラインで予防投与について「いままでの論文は不十分なものが多く、信頼に値しない。抜歯時だけ抗菌薬を投与する効果も疑わしい。日常の歯ブラシや咀嚼のほうがよほど危険である」と指摘し、対象疾患を従来の超ハイリスク群のみに限定する大胆な転換を行いました2)。このような結論は世界中に大きな動揺を与えました。
いままで予防投与を受けていた患者さんに、「実は、いままでの投与は効果が疑わしい。アレルギーの心配もあるため、国家財政のためにもこれからは抗菌薬を投与しない」と言っても混乱するばかりです。米国の雑誌には「先生、以前から服用しても副作用はないし、自分でジェネリックのペニシリン買ってくるから飲ませてくれ」との笑い話ともつかない記事が載っていました。それから8年後、ショッキングなレポートがLANCETに掲載されました。
実は、英国のNICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)は2008年3月から、すべてのIEに対する抗菌薬の予防投与を中止しました。その結果、「歯科医師のアモキシシリン投与量は劇的に減少し、それに呼応するようにIEの発症頻度が増加した。リスクにかかわらず、この傾向が見られた」との論文でした3)。これにはAHAもNICEも慌てたようで、論文の問題点を指摘してレジメの有用性を強調していますが、大きな反響を呼んでいます。確かに、IEの発症件数と抗菌薬投与の処方箋枚数を単純に比較しただけですので結論をいうには不十分ですが、抗菌薬投与を行わない壮大なヒト臨床試験が行われたことになります。
抗菌薬の予防投与は、患者自身の利益を求めて行うわけですから、実験ではありません。私たちは、あまり早急に大転換をせず、安全な医療のために抗菌薬投与を勧めるほうがよいのではと思っています1)。私たちは、現時点では日本循環器学会のガイドライン(JCS 2008)に従って患者群を広めにとり、ハイリスクには点滴で、経口薬では可能なかぎり、AHAの投与量に近づけるようにと考えています1,4)。
【参考文献】 | |
1) | 関谷 亮,坂本春生:感染性心内膜炎の予防.歯科における薬の使い方 2015-2018,デンタルダイヤモンド社,東京,2014:80-82. |
2) | Sakamoto H, et al.: Antibiotic prevention of infective endocarditis due to oral procedures: myth, magic, or science?. Journal of Infection and Chemotherapy, 13(4): 189-195, 2007. |
3) | Wilson W, et al.: Preventiion of infective endocarditis:guidelines from the American Heart Association. Ciruculation, 116: 1736-1754, 2007. |
4) | 日本循環器学会,他:感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年版改訂) . |
5) | Dayer MJ, et al.: Incidence of infective endocarditis in England,2000-2013:a secular trend, interrupted time-series analysis. Lancet, 385: 1219-1228, 2015. |
坂本春生●東海大学医学部付属八王子病院 口腔外科