Q&A 法律 退職に伴う引き継ぎを強制できるか|デンタルダイヤモンド 2024年8月号

Q&A 退職に伴う引き継ぎを強制できるか|デンタルダイヤモンド 2024年8月号

学術・経営・税務・法律など歯科医院での治療・経営に役立つQ&Aをご紹介いたします。今回は、月刊 デンタルダイヤモンド 2024年8月号より「退職に伴う引き継ぎを強制できるか」についてです。

先日、当院に7年ほど勤めていた勤務医から「退職したい」と申し出がありました。院長である私の方針に合わず、長らく不満に思っていたそうで、引き継ぎをせずにすぐにでも退職したいとのことです。退職は止めませんが、カルテに不明なところが散見され、長くお付き合いのある患者さんも多いため、せめて引き継ぎだけはしっかりと行ってほしいです。引き継ぎを強制することはできるのでしょうか。 大分県・M歯科

 退職時の引き継ぎを強制する法令はありません。就業規則の規定や業務命令として引き継ぎを義務化した場合でも、それを強制する方法はありません。
 一般的な労働契約(期間の定めのない労働契約)では、法律上、労働者は退職の2週間前を退職予告期間として、2週間前までに退職を申し出ればいつでも一方的に退職することができます。有給休暇が残っており、この2週間で消化する場合、労働者は、引き継ぎのタイミングもなく退職することになります。
 ところで、労働者からの有給休暇の申請について使用者に拒否権はありませんが、労働基準法39条5項は「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」と規定しています(時季変更権)。そのため、使用者は、時季変更権を行使して、労働者の指定した日の有給休暇を認めないこととし、引き継ぎのタイミングを確保することが可能とも思えます。
 しかし、通達によると、「年休の権利が労基法に基づくものである限り、その労働者の解雇予定日を超えての時季変更権行使は行えない」とされています(昭和49年1月11日基収5554号)。これは、自己都合退職の場合も同様であると解されています。したがって、時季変更権を行使して引き継ぎのタイミングを確保することはできません。
 とはいえ、使用者の立場からすれば、引き継ぎなく退職されることは非常に困ります。そこで、今後の対策として、次のようなものが考えられます。
 1つ目は、退職予告期間の延長です。法的な有効性に疑義はあるのですが、就業規則上、退職予告期間を2週間超に延長することが可能です。残っている有給休暇を消化しきれない程度の退職予告期間を定め、この規定を根拠として出勤を必要とすれば、引き継ぎの機会を得られるかも知れません。
 2つ目は、有給休暇の買い取りです。有給休暇は、原則として買い取ることはできず、実際に休暇を与えなければなりません。しかし、退職時や時効消滅した有給休暇については、例外的に買い取りが認められます。そうとはいえ、就業規則等に特段の規定がないかぎり、使用者にも労働者にも買い取りに応じる義務はありません。あくまで合意があれば可能です。買い取りに合意した場合、労働者は退職日まで勤務することとなり、事実上、引き継ぎの機会が生じる可能性があります。
 3つ目は、引き継ぎの不実施を理由に退職金を支給しない方法です。就業規則等で退職金の支払基準が明確に設けられていない場合、労働者の退職金支払請求権は具体的権利ではなく、あくまで使用者が功労報償的・生活保障的に支給するものと解されることがあります。そのため、引き継ぎの不実施を理由に退職金を支給しないことも一応可能であり、間接的に引き継ぎを促すことができます。もっとも、基準の規定内容によっては退職金に賃金の後払的性質があると解されることもあり、その場合、引き継ぎの不実施だけをもって退職金を不支給とすることは法的に困難です。
 このように、残念ながら引き継ぎを強制的に行わせる方法はないのが実情です。前述のような間接的に引き継ぎを促す方法をとりつつ、引き継ぎが任意で円滑に行われるよう、日ごろから労働者との良好な関係性を構築・維持するのが最善の方法といえます。

井上雅弘
銀座誠和法律事務所


デンタルダイヤモンド 2024年8月号 表紙

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