- 数年前より当院に通院している患者から、治療に関して難癖をつけられ、たびたびクレームが入るようになりました。大声で叫んだり、暴力行為などはないのですが、来院時に長く居座って治療に関する無理な対応を要求したり、診療の順番を早くしてほしいなど特別待遇を求められたりして困っています。最近は執拗に電話がかかってくるようになりました。医療機関には応招義務がありますが、このような場合、受診をお断りしても問題ないでしょうか。また、対応しているスタッフが精神的に追い詰められていますが、どのように対応すればよいでしょうか。 山口県・O歯科クリニック
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歯科医師法19条1項は「診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と規定し、歯科医師の応招義務を定めています。組織として医療機関が歯科医師を雇用し、患者からの診療の求めに対応する場合についてもまた、歯科医師個人の応招義務とは別に、医療機関としても、患者からの診療の求めに応じて、必要にして十分な治療を与えることが求められ、正当な理由なく診療を拒んではならないとされています(「病院診療所の診療に関する件」昭和24年9月10日付医発第752号 厚生省医務局長通知)。
ご質問については、患者による一連の迷惑行為が診療を拒否する「正当な事由」に該当するかどうかが問題となります。この点に関しては過去の複数の通知が存在しますが、直近では「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日付医政発1225第4号厚生労働省医政局長通知。以下、本通知)が発せられており、「今後は、基本的に本通知が妥当するものとする」とされています。
本通知においては、正当な事由の有無の判断で最も重要な考慮要素は、「患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)」であるとされています。
そして、本通知では、「緊急対応が不要な場合(病状の安定している患者等)」で、「診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合」は、原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要があるが、「患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される」とされています。
また、本通知では、患者の迷惑行為がある場合、「診療・療養等において生じたまたは生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される」とし、信頼関係が喪失している場合として「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が例示されています。ご相談のケースでは、緊急対応が必要である客観的事情は認められないと思われます。また、患者のクレームは治療に関することのようですが、その内容が客観的・医学的に正当なものとはいえず、先生から説明を尽くしてもクレームが止まないようであれば、患者の言動の具体的な内容・回数・時間等によりますが、信頼関係が喪失しているといえる可能性はあると考えられます。そのため、信頼関係の喪失を理由に、診療を拒否することが正当化され得ると思われます。
次に、対応しているスタッフについてです。使用者には、労働者の身体的・精神的健康等の安全に配慮する義務があります。昨今では、厚生労働省の心理的負荷による精神障害の労災認定基準が改正されたことなどもあり、スタッフのメンタルケアはますます重要です。
患者のクレームに曝されたスタッフへの具体的ケアとしては、1人のスタッフに集中して対応させず対応者を分散させる、使用者自らが対応する、対応したスタッフのメンタルをフォローし、必要があれば医療機関を受診させるなどの対応が考えられます。井上雅弘
●銀座誠和法律事務所
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学術・経営・税務・法律など歯科医院での治療・経営に役立つQ&Aをご紹介いたします。今回は、月刊 デンタルダイヤモンド 2024年6月号より「迷惑な患者の受診を断ることができるか」についてです。