歯科医師が病気を見つけるとき 10|デンタルダイヤモンド 1999年10月号

●東海大学医学部口腔外科学教室 佐々木次郎 + 山崎浩史

上顎の腫れ

副甲状腺腫瘍

体内のカルシウム(Caと略す)量は1~1.5kgで、このうちの99%は骨のなかにある。そのうちの6gが容易に交換可能な状態で、細胞外域に存在する残りのわずか1%のCaとさまざまな生理的機能※1を発現する。 ※1)Caの生理的作用としては、

  1. 骨、歯の骨格を形成する
  2. 血液凝固因子(IV因子)
  3. 神経筋の活動刺激のメッセンジャー

などがある。③については、読者の皆さんもご存じのとおり、Ca拮抗薬が高血圧症や狭心症でよく使用されている。

◆◆◆ 高Ca血症 ◆◆◆

今回は、血清中のCa濃度が上昇する高Ca血症に関連する話です。

〔症例〕
静岡県熱海市在住の72歳の女性は、64歳のときに慢性関節リウマチを発症し、翌年にリウマチに用いたステロイドによる胃潰瘍※2で吐血し、輸血している。

※2)ステロイド(副腎皮質ホルモン剤)の副作用には、軽症と重症がある。
軽症にはムーンフェイス、肥満、多毛、月経異常などがあり、重症には急性副腎不全、重症感染症、消化管潰瘍、糖尿病、高血圧、骨壊死などがある。

平成8年9月に近所の歯科医院で左上顎、前歯部の腫れを指摘され、静岡県内の口腔外科を紹介された。11月に局所麻酔下で腫瘍を切除したところ、病理は巨細胞腫であった。4ヵ月後に腫瘍が再発し、急速に増大するため、平成9年3月当科を紹介受診した(図❶)。 佐々木 「山崎君、早速入院してもらい、悪性腫瘍に必要な全身検査を始めなさい」

検査の結果、レントゲン、CTをみると、上顎骨の破壊が認められる(❷)。急速に増大することから悪性を疑うべき病変である。採血の結果、血清Ca値が上昇していた。
山崎 「軽度の高Ca血症があるようですが、MAH※3でしょうか?」
佐々木 「転移がないのにMAHとは、ずいぶんめずらしいね」

※3)MAH(malignancy-associated hypercalcemia)とは、悪性腫瘍に伴う高Ca血症のことである。進行した末期癌患者によくみられる腫瘍随伴症候群である。MAHを放置すると、死期を早め、QOLに影響を及ぼす。

図❶

図❷a

図❷b

左上顎骨の吸収が認められる

◆◆◆ 副甲状腺腫瘍発見 ◆◆◆

※4)副甲状腺は別名、上皮小体といい、甲状腺の裏に中央部および下極の高さに左右それぞれ1個ずつ計4個存在する臓器である。PTHの作用は、

  1. 破骨細胞を活性化し、骨を吸収させる
  2. 腎でのCaの再吸収を増加させる
  3. 腸管でのCaの吸収を増加させる

などによって、血中のCaが増加する。

まず、超音波検査で、右下極部に腫瘍を発見した。次に核医学検査を行った(図❸)。診断は、副甲状腺の腺腫による副甲状腺機能亢進症とした。PTHが上昇することにより、全身の骨吸収が起こり、その部分に置換するように巨細胞を含む肉芽が出現する。このような副甲状腺機能亢進症※5に起因する巨細胞腫を褐色腫(brown tumor)といい、これが上顎に出現したのである。

副甲状腺の腫瘍は一般外科で手術していただき、上顎腫瘍も切除した(図❹)。現在は、近所の歯科医院で義歯を入れ、熱海のおいしい食事をめしあがり、体重が8kg増えたそうである。

※5)副甲状腺機能亢進症は、PTHの過剰分泌により骨菲薄化、筋脱力、腎結石形成を起こす疾患。稀な疾患であり、男女比は、1:2で女性に多い。原因としては、原発性では副甲状腺の腺腫、癌、肥大、二次性には、透析患者に随伴することがある。
副甲状腺機能亢進に伴う顎骨の変化としては、嚢胞状陰影や歯槽硬板の消失、病的骨折や骨外形の変化が出現するという。原発性副甲状腺機能亢進症の場合、歯の弛緩や動揺は副甲状腺の腺腫を摘出すると、歯の骨植が改善するとされている。

図❸a
左上顎と甲状腺、副甲状腺へのタリウムの集積

図❸b
テクネシウムが甲状腺に強く集積している

図❸c
a-bの計算(サブトラクション)で
腫瘍の像が得られる

図❹
切除した上顎腫瘍

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