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歯科医師が病気を見つけるとき 3
●東海大学医学部口腔外科学教室 佐々木次郎 + 山崎浩史
舌が大きく硬くなった アミロイドーシス
 炎症や腫瘍が体内に存在すると血液中のアミロイド蛋白という物質が増加する。この物質はインターロイキンの一部であるといわれている。疾病の例をあげると、結核とか心不全とか癌になると、血液中のアミロイド蛋白が増加し、治療の効果が上がるとアミロイド蛋白が下がってくる。
 高齢者で原因不明の消化器障害や筋力の低下がみられるときに、アミロイドーシス(高アミロイド血症)というものを疑ってみるのは現代医学の常識である。

 今回は私たちが経験したアミロイドーシスの2症例を供覧する。
◆◆◆ 症例1 74歳・女性 ◆◆◆
 最近、舌が硬く大きくなってきて下顎の総義歯を入れていることができなくなったという。この患者さんの娘さんが、近くの大病院に勤務する美人の内科医で、お母さんを車椅子にのせてつれてきた。早速拝見すると、舌全体が硬くなっている。舌の大きさはとくに変わりはないが、硬いので、大きいようにみえる。表面にも側面にも潰瘍などはないが、硬いので下の総義歯が邪魔になる。会話をしてみると発語に異常はないし、意識もしっかりしている。舌が硬くなったのは3週間前からで、同時に四肢の筋力も低下した。なるほど両手で握手をしてみると、握力は両方とも10kgくらいか。足をみると、浮腫はなくやせている。歩行はできるが、歩くのがやっとなので車椅子のほうが楽だと娘の女医さんが言う。
 「心不全、ネフローゼなどはもちろん調べたのですね」と山崎が質問する。「私の勤務先の病院で、考えられるだけの検査はやったのですが、高齢者に特有の変化以外はみつからないので、佐々木先生に診てもらおうと思ってつれてきました」と、女医さんは検査データのコピーを出す。佐々木先生が質問を続ける。

 「尿のM蛋白1)とマルク1)はやりましたか」

 「外来での検査なので、やっていません。しかし、佐々木先生は、もしかしてミエローマ2)を考えているのですか」
注1) 尿のM蛋白というのは、濃縮尿でやるので外来では無理。マルクというのは骨髄に孔をあけての血液検査で、外来では無理。
注2) ミエローマとは骨髄腫のことで、読者の皆さんもご存知のとおり、予後不良の疾患。
 女医さんは続ける。「ミエローマでしたら、腰痛を伴うと思っていました。BUNもクレアチニンも、少し高いだけだったので」。

 佐々木先生が「舌が大きくなるというので、アミロイドーシスを疑ったのです。それでも、こんな重要な疾患を私たちだけで診断するのはいけないので、血液内科に診てもらいます」と言って、まめな人なのでカルテと検査データを持って内科に向かった。すぐに電話があって、「山崎君、診てもらうから、患者さんを内科につれてきてください」。

 血液内科の先生2人の診断も、アミロイドーシスでしょうとのこと。娘の女医さんが、「精査は、東海大学病院でやっていただけるのですか」と言うのに対して、血液内科の先生が次のように説明したのが感慨深かった。

 「アミロイドーシスと診断するのは、あくまでも推定診断です。ましてや、ミエローマを考えるのは、その後の推定です。もし私たちの推定診断が正しいとすると、助からないかもしれないので、実の娘さんの勤務する病院が最適です」
◆◆◆ 症例2 64歳・男性 ◆◆◆
 図1に示すように、舌の両側の前方1/3が肥大化してきたため、かかりつけの心臓外科の先生に相談し、当院を受診した。1年前に階段の昇降時に呼吸困難が出現したため、心臓専門病院でアンギオ3)を行い、狭心症と診断された方だった。
 首から上の帯状疱疹が口内炎で初発するのは全体の1/5と多いので、初発でみつけるのは現在の歯科医師の義務である。重症になると図2、3のようなことにもなる。
注3) アンギオとは血管造影検査のこと。狭心症や心筋梗塞の診断と治療には冠動脈造影は欠くことのできない重要な検査。
図1
症例2の舌の状態。この症例では、舌が硬く大きくなっているとともに、潰瘍もある
 最近は心不全の症状である下腿の浮腫が目立つようになったとのことで、心臓の具合はよくない。山崎が問診を始める。

 「1ヵ月くらい前から両側の舌側縁が腫れてきたのですね。一部に潰瘍があるようですが、痛みや出血はありませんか」

 患者さんは話しにくそうに、「ときどき入れ歯で傷つける程度で、痛みや出血はほとんどありません」。舌の難治性潰瘍で、周囲が硬い。よく診ると、両側の顎下部も腫れているようだ。臨床所見から、まず頭に思い浮かぶのは舌癌だが、舌の両側縁に同時に癌が発生するのは、非常にめずらしい。生検をしたいが、心臓のことがあるし、どうすればよいか。

 「全身麻酔で、excisional biopsy4)がよいと思うな」と佐々木先生のアドバイス。

 心臓外科、内科、麻酔科の先生と相談した結果、手術をすることになった。患者さんには、「心臓の具合が思っていた以上に悪いが、舌の病気も悪性の可能性があるので、放ってはおけません。全科が協力して、万全を期して手術をします」と説明し、同意を得た。

 病理の結果は、アミロイドーシスであった。術後、全身検査、マルク1)を行ったところ、ミエローマに伴うアミロイドーシス5)であることが判明した。現在、化学療法を行っているところである。
注4) 通常のbiopsy(生検)では病変の辺縁を一部分切除し、診断する。Excisional biopsyは、病変が比較的小さいときに、生検と治療を兼ね、病変を初めから全摘出してしまう方法。
注5) アミロイドーシスには、いくつか種類があり、臨床症状からおもに次の5つに分類される。(1)原発性、(2)骨髄腫に伴うもの、(3)続発性、(4)限局性、(5)遺伝性。骨髄腫の5〜10%にアミロイドーシスが合併するとされ、この場合予後が非常に悪い。
 アミロイドーシスの発生機序は不明な点が多く、アミロイド蛋白が体中の臓器に沈着する謎の病気である。臨床症状も罹患臓器の障害の広がりと程度によってさまざまであり、臨床診断は一般に困難とされている。診断は本症の可能性を思いつき、生検を行うことにつきるといわれている。
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