歯科,dental,Dental Diamond,デンタルダイヤモンド

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徹底追求 どっちがどっち?
◆顎関節症
若年者 VS 成人
鹿児島大学歯学部 小児歯科学講座
小椋 正 奥 猛志
追求1比べてみよう、どっちがどっち?
近年、若年者の顎関節症患者は増加傾向にあることが指摘されている。また、平成7年度からは、学校歯科健診の項目に新たに顎関節症が加えられ、顎関節症が歯科における第4の疾患として、その予防管理が重要視されてきている。
全身疾患の中には、若年性糖尿病、若年性高血圧症など、その病態の特異性から若年性とつく疾患がいくつかある。歯科疾患では、若年性歯周炎が免疫学的および細菌学的に成人の歯周炎と異なっていることが指摘されている。
顎関節症と同様、関節が病変の中心である慢性関節リウマチでは、発症年齢が15歳以下のものを若年性関節リウマチと呼び、臨床症状や病態に違いが認められる1)。はたして、顎関節症も若年者と成人とでは病態や原因に違いがあるのであろうか。また、その予後はどうなのだろうか。当科患者の臨床所見および画像所見等を交えて、検討してみた。
追求2どっちにしても、どんなもの?
若年者と成人との大きな違いは、成長発達にある。若年者の顎関節は発育途上にあり、形態的変化と機能的変化の両方が顎関節症とどのように関係するかが、若年者と成人の顎関節症の違いを知るうえで重要である。しかし、顎関節症と顎関節部を構成する骨および軟組織の形態や組織学的特徴との因果関係自体、ほとんど解明されていない。そこで今回は、顎関節症の病態への関与が示唆されている顎関節部各組織の発育変化と顎関節症との関係を記述することとした。
顎関節はその成長を生後20〜25年くらいで終了すると言われている。これは、下顎頭の軟骨内骨化が行われなくなることによる。もちろん、機械的負荷の変化に対する骨格系の構造変化であるリモデリングは、一生を通して認められる2)
関節結節は新生児期、ほとんどその結節らしい形態を示さず、関節円板は水平位である。乳歯の萌出後に関節結節の隆起と関節円板の前方傾斜が始まる3)。この関節結節の傾斜角が大きいと、下顎頭の圧迫により関節円板が前方に転位しやすい。
この間、脳頭蓋の拡大にあわせて、下顎骨関節突起は後上側方へ発育変化するので左右の下顎頭長軸のなす交叉角は乳歯列前期の140°から徐々に鈍化し永久歯列の150〜158°へと変化する4)。Westessonらは、水平面におけるMR画像を用い、関節円板の前方転位を伴う顎関節症患者の下顎頭長軸角は関節円板の位置が正常な者と比較して大きいことを報告し5)、関節円板前方転位が下顎頭長軸角と関係するとしている。このような傾向は、教室の福原らが若年者の正常者と顎関節症患者を対象に行った下顎頭長軸角の比較の結果でも、関節円板の前方転位を認める関節の下顎頭長軸角は正常者より有意に大きい値を示すことが確認された(図1、表1)。
表1 Horizontal condylar angle
図1 下顎頭長軸角の計測方法
このように硬組織の形態は顎関節症症状発現の一要因である関節円板の前方転位と強く関係している。とくに、下顎頭は他の骨端軟骨とは発生過程が異なり、その成長発達は二次的に変化しやすい構造を有する。つまり、咀嚼筋機能障害や不正咬合などの機能的要因により、下顎頭の発育は変化することを意味する。これらの要因が、下顎頭の成長発達に影響を与え、関節円板の前方転位が生じやすい形態を形成すると考えられる。
一方、発育変化に伴う顎関節部の生化学的特徴としては、滑液の問題があげられる。関節軟骨および関節円板の栄養と関節の潤滑機能を果たす滑液は、20歳頃からヒアルロン酸濃度の減少や粘度の低下が始まる6)。この特徴は、若年者の顎関節症では骨変化を伴う変形性骨関節症の発現がほとんど認められず、加齢により変形性骨関節症の頻度が高くなる重要な要因となっている。
追求3どこが、どれだけ、どう違う?
1)発症頻度と臨床症状について
疫学調査による顎関節症の発症頻度は、採用した症状(顎関節雑音、顎関節部疼痛、開口障害の3大症状の他に異常顎運動、頭痛など)によって違いが認められる。また、症状の調査方法(顎関節雑音を聴診器を用いて聴取したか、触診にて行ったかなど)の違いにより異なってくる。さらに、調査方法の違い(臨床診査、アンケート、インタビューなどや、現症の他、既往歴を採用したか)によっても差がでることが示されている7)。そのため、発症頻度を正確に比較検討するには、同一研究者による同一の調査方法による資料が望ましい。しかし、その条件を満たして若年者と成人の顎関節症の発症頻度を比較検討した研究は認められない。本邦において、類似した調査方法で行われた研究によると、一般成人における顎関節症の現症についての発症頻度は7〜10%と、諸外国の調査と同程度の発症頻度を示した7,8)。一方、日本人の若年者の顎関節症発症頻度は本教室の調査結果によると、やや高い傾向が認められた8〜10)
近年、顎関節症患者は増加傾向にあると言われている。その原因として、顎関節症に関する知識の普及や健康に対する意識の向上などの社会的因子、ストレス増加、食生活の変化による顎関節の脆弱化などをあげている11)。調査者の大部分が同一で、しかも同一の方法により行ったわれわれのグループの研究によると、1984年と1992年との鹿児島市の同一の小・中・高等学校における顎関節症の発症頻度の比較から、思春期の顎関節症の発症頻度は9.8%から15.4%に有意に増加していた(図29)。 若年者の顎関節症症状は、一般成人の咀嚼筋の疼痛や強直に比べ、顎関節部疼痛や顎関節雑音の頻度が高いと言われている。当科の受診患者126名(男児20名、女児106名、平均年齢16歳)の症状は、顎関節部疼痛患者は83人(65.9%)であり、咀嚼筋疼痛の41人(32.5%)と比較して高頻度であった。また、顎関節雑音は88人(69.8%)と高頻度に認められた。すなわち、思春期顎関節症患者は咀嚼筋機能障害に比較して、関節円板の前方転位を伴う顎関節内障の頻度が高いといえる。
図2 顎関節症発症頻度の変化(森主ら9)より一部変更して引用)
顎関節症患者の多くは、顎関節雑音が初発症状として発現し、その後、疼痛、開口障害へと進行する。このような臨床経過をたどる患者の顎関節部の病態は、復位を伴う関節円板の前方転位から復位を伴わない前方転位へと変化していくと考えられる。それゆえ、若年者の顎関節症では、初期症状である雑音の頻度が高いと推察される。
それに対して頭痛などの不定愁訴の頻度は若年者では低いと報告されている12)。不定愁訴を訴える患者は咀嚼筋群の疼痛を伴う場合が多く、症状の発生機序として神経筋機構障害が考えられている。しかし、若年者の顎関節症患者では、その症状の多くが顎関節内障に起因するため、不定愁訴の頻度は低いと考えられた。
2)MR画像所見と滑液について
顎関節症は病変の中心が顎関節部のものと咀嚼筋障害を主症状とするものとに大別できる。近年、MRI等の画像検査により、顎関節部疼痛が関節円板の前方転位やjoint effusion(関節腔内に貯留する滑液、血液などの総称)と強く関連することが示されている13)
前述した、当科来院患者126名のMR画像所見では、関節円板の前方転位は77.1%と、高い頻度で認められた。また、joint effusionも34.7%と多くの患者で認められた。その原因として溝口らは、若年者の滑膜組織の高い反応性による修復過程において滑液産生能が亢進したものと推察している14)
近年、生化学的検索により滑液中の炎症性サイトカインやNitric Oxideなどのマーカーが成人の顎関節症患者では増大していることが報告されている15)。若年者の滑液についての報告はまだなく、今後の研究に期待したい。
3)治療法について
若年者の顎関節症患者の顎骨は、発育途上であるので、外科的侵襲がなく、可逆的なスプリント療法や理学療法などの保存療法が用いられる。なかでも、スタビライゼーション型スプリントの使用頻度は高く、若年者の開口障害および疼痛に対する有効性はきわめて高いことをわれわれは報告した16)図3)。成人と比較して、若年者におけるスプリント治療の有効性が高いのは、若年者では、症状が比較的軽度であり、また、顎関節の障害に対する回復力が強いことによると考えられる。スプリントによる疼痛消失のメカニズムは科学的にはまだ解明されていない。当科にてスプリント療法を終了した顎関節症患者30名のスプリント療法前後におけるMR所見から、若年者の顎関節症患者でもスプリントによる関節円板の整位は得られないが、joint effusionの消失が認められることが示された(図4)。炎症と強い関連が示唆されるjoint effusionが消失したことから、スプリント療法はそのリリーフ効果により、顎関節部へのメカニカルストレスを減少し、炎症を緩和すると考えられる。
図3 ミシガンスプリントの治療効果(岩崎ら16)より一部変更して引用)
図4 関節円板前方転位の変化
図5 Joint effusionの変化
 
一方、復位を伴う関節円板の前方転位に起因する相反性クリックに対しては、治療法として下顎前方整位型スプリント、また、円板整位運動療法および外科的関節円板固定術などが行われる。いずれの治療法でも、年齢が若いほど、円板前方転位の期間が短いほど、そして、早期クリックのほうが晩期クリックと比較して雑音の消失率は高い。その理由として依田らは、前者のほうが円板後部結合組織の修復力が高く、転位した円板が後方移動しやすいからと考察している17)。しかし、近年の長期継続調査による研究から若年者は顎関節周囲組織の高い適応力のため雑音は自然治癒する頻度が高いことが報告されており18、19)、積極的治療、ましてや外科的な治療法を選択することは控えるべきであろう。
一方、レトロディスカルクリックなど、復位を伴わない関節円板の前方転位に起因する雑音は、今後の詳細な研究を待たねばならない。
矯正治療は若年者の顎関節症の有効な治療法の一つにあげられている。しかし、矯正治療と顎関節症との関連性については、まだ、統一した見解は得られていない。とくに、若年者における矯正治療では、成人矯正と異なり、チンキャップなど顎整形力による矯正装置を用いる場合が多く、強い矯正力による顎関節への影響が危惧されている。動物実験では、顎関節への矯正力による関節円板の穿孔や下顎頭の変化など、病的所見は認められないことが報告されている20)。当科にて、反対咬合の治療のためチンキャップを装着した38名に対して顎関節症に関するアンケート調査を行った。その結果、チンキャップ装着中に顎関節部および咀嚼筋に疼痛が認められた者はわずかに2名(5.3%)であった。また、疼痛は短期間に自然消失しており、顎関節部への非可逆的変化が引き起こされたとは考えにくかった。むしろ、下顎の位置変化に対する筋緊張の増大による一過性の症状と考えられた。すなわち、適正な矯正力や顎整形力は顎関節症に関連する病態変化は引き起こさないと考えられる。しかし、成長発育途上にある若年者では外力による顎関節の形態変化が考えられるので十分留意するべきであろう。
追求4比べてみたら、どっちがどっち?
若年者の顎関節症患者では、症状の多くが顎関節内障に起因するため、不定愁訴の頻度は低く、骨変化を伴う変形性骨関節症の発現がほとんど認められない特徴がある。
また、若年者の顎関節症患者の顎骨は発育途上にあるので、外科的侵襲がなく、可逆的なスプリント療法や理学療法などの保存療法をおもな治療法とすべきであろう。
【参考文献】
1) 中川 正、赤星義彦、村地俊二:小児整形外科学、298、南江堂、東京.
2) Thompson,R.C.Jr.:Histological observation on experimentally induced degeneration of articular cartilarge, J.Bone and Joint Surg., 52A:435〜443, 1970.
3) 森永登規雄:日本人顎関節の研究(3)〜(6)、口病誌、16:33〜52、107〜126、127〜144、145〜151、1942.
4) 小池将浩:下顎窩の発育に関する研究、歯科学報、70:1409〜1428、1970.
5) Westesson,P.L. and Liedberg,J: Horizontal condylar angle in relation to internal derangement of the temporomandibular joint, Oral Surg, 64:391〜394, 1987.
6) 近藤 仁:正常および病的ヒト関節液の粘性に関する研究―とくに粘性変化に関与する因子と潤滑への影響について―、北里医学、10:485〜498、1980.
7) 竹之下康治、河野勝寿、鳥越康彦:歯科検診時に実施した顎関節症状および開口度の調査報告について、歯界展望、62:941〜950、1983.
8) 大野秀夫、森主宜延、堀川清一、住 和代、畠田慶子、旭爪伸二、小椋 正:若年者の顎関節症に関する疫学的研究―いわゆる思春期における顎関節症の発症頻度と症状分布―、小児歯誌、23:94〜102、1985.
9) 森主宜延、中尾さとみ、奥 猛志、豊島正三郎、小椋 正、堀 準一:思春期における顎関節症発症頻度とその徴候の8年間の変化について―鹿児島市における1984年と1992年の比較―、小児歯誌、31:470〜477、1993.
10) 小椋 正、中尾さとみ、豊島正三郎、奧 猛志、松本晉一、堀川清一、森主宜延、堀 準一:東京都と鹿児島市における思春期の顎関節症の発症頻度とその徴候の比較について、小児歯誌、31:478〜484、1993.
11) 鬼澤浩司郎、岩間英明、吉田 広:大学1年生における顎関節症状自覚率の最近5年間の推移、日顎誌、7:25〜31、1995.
12) 宮島智房、甲斐貞子、甲斐裕之、田代英雄:顎関節症における関連症状についての臨床的考察、日顎誌、4:107〜121、1992.
13) Westesson PL, Brooks SL:Temporomandibular joint: Relationship between MRI evidence of effusion and the presence of pain and disk displacement, AJR, 159:559〜563, 1992.
14) 溝口智子、柴田孝典、安川和夫、柴田 肇、吉澤信夫:顎関節症のMR画像におけるjoint effusion像の研究第1報:effusion像の出現頻度とその局在、日顎誌、7:81〜94、1995.
15) Tetsu Takahashi, Toshirou Kondoh, Kazutoshi Kamei, Hiroshi Seki, Masayuki Fukuda, Hirokazu Nagai, Hiroshi Takano, Yoshiyuki Yamazaki. Elevated levels of nitric oxide in synovial fluid from patients with temporomandibular disorders. Oral Surg, 82:505〜509, 1996.
16) 岩崎智憲、奥 猛志、森主宜延、小椋 正:当科外来に顎関節症を主訴として受診した患者の臨床統計的研究、小児保健かごしま、5、22〜24、1992.
17) 依田 泰、依田哲也、坂本一郎、阿部正人、森田 伸、塚原泰幸、小野富昭、榎本昭二:復位性円板前方転位による雑音に対する円板整位運動療法について―、日顎誌、9:450〜460、1997.
18) 小野富昭、磯部知己、石川明寛、小川貴子、堅木浩樹、三井妹美、坂本一郎、塚原泰幸、徳島貴子、依田哲也、榎本昭二:若年発症顎関節症の臨床検討―最終治療終了後のアンケート調査による症状の変化について―、日顎誌、4:37〜46、1992.
19) 依田哲也、秋元規子、塚原泰幸、阿部正人、荒昌晴、小林弘幸、桜井仁亨、平健人、大仲潤子、依田 泰、小幡宏一、森田 伸、坂本一郎、三井妹美、小野富昭、榎本昭二:復位を伴う顎関節円板前方転位症例の自然経過に関するアンケート調査、日顎誌、8:12〜20、1996.
20) Janzen EK and Bluher JA: The cephalometric, anatomic, and histologic changes in Macaca mulatta after application of a continuous−acting retraction force on the mandibulae. Am J Orthod, 51:823〜855, 1965.
※過去に制作したものなので、掲載内容が現在と異なる場合があります。
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