寒天・アルジネート 連合印象 |
シリコーン連合印象 |
長崎大学歯学部 歯科保存学第1講座 |
大澤雅博 |
インレー、クラウンなどの歯冠修復物を作製する場合には、現在では間接法が一般的に行われているが、このためには印象採得および模型調製が不可欠である。歯冠修復用の印象採得に用いられる材料は、硬化後歯牙のアンダーカットを乗り越えて楽に撤去でき、かつその際の歪みを十分に回復できる、いわゆる弾性印象材が用いられる。初めて歯科界に弾性印象材が導入されたのは、1937年A.W.Searsによる寒天印象とされている。その後、アルジネート、ポリサルファイド、シリコーンおよびポリエーテル系の材料が登場し、現在に至っている。
通常の印象採得には、稠度の異なる2種の材料を重ね合わせる連合印象が一般的であり、その材料として寒天・アルジネート連合、ないしはシリコーンパテ・インジェクション連合が主流のようである(一部には個人(歯)トレーを用いる先生もおられるかもしれない。)
弾性印象材はその組成により、ゴム質系と水膠系との二系列に分類されている。いずれの印象材を用いるにせよ、その材料に適した使用法を守らないとその性能が十分に発揮されない。そこで、大方の先生には復習になるかと思われるが、材料的な特徴について若干触れさせていただく。
1.ゴム質系に属するシリコーン印象材
シリコーン印象材として最初に市販された材料は、縮重合型のもので反応副産物のアルコールが揮発するために、経時的寸法安定性が劣って(1日放置すると自由収縮量で1%程度収縮)いた。そのため、印象撤去後すみやかに歯型材を注入する必要があった。一方、充填材を多量に含んで腰が強く、トレー材としての役割を果たすパテタイプが登場し、簡便に概形印象(一次印象)を採得する技法が一般的になった。
その後、付加重合型のものが市販され副産物の問題も解決され、経時的寸法安定性に優れたもの(図1a)となり、歯型材の注入時期に左右されることなく精度のよい作業模型が得られる(図1b)ようになり、印象のまま技工所に渡すことも可能となった。一部の製品では、水素ガスの発生により模型面が荒れるので、30分〜1時間程度経過してから模型材を注入したほうがよいとの説もある。さらに最近では、親水性を備えた材料も登場し、歯肉縁下部への印象材の馴染みも向上してきた。
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1)積層1回印象法:パテとインジェクションを同時に練和し、インジェクションを支台歯・窩洞に注入後、トレーに盛ったパテをただちに圧接する方法であるが、この際パテとインジェクションの両者が十分な流動性を有していることが、重要なポイントとなる。圧接のタイミングがずれると、硬化の始まった材料を無理に押さえつけることにより歪みを生じ、印象撤去後歪みの解放による印象の変形(結果として、歯型寸法の縮小)が起こる(図2)。余裕を持ってトレーを圧接できた時の抵抗に比べかなり大きな抵抗を感じた場合には、操作時間を過ぎ、すでに硬化が始まっていると考えてよい。
図2 | 印象材練和開始から、印象圧接の時間を変化させた場合の歯型の寸法変化(メーカー表示の操作時間2分30秒) |
印象内面を見ると、インジェクションの層の厚みが不均一となっているが、寸法精度にはほとんど問題ない。
2)積層2回印象法:パテによる概形印象を行った後、インジェクションにより精密印象を採得する方法であるが、以下の2点がポイントとなる。
まず、概形印象時にインジェクションの入るスペースを確保するため、スペーサーを付与する。これは1mm程度の厚さのガーゼ、ワックスなどを目的歯の歯冠部のみならずトレー辺縁まで達する長さにして、印象の目的歯に被せた後、パテを圧接する。スペーサーを付与せず概形印象を済ませた後、内面を彫刻刀で削る方法もあるが、結構手間がかかるうえ、均一なインジェクションの厚みも確保できない。
次は、パテが十分に硬化してから精密印象(二次印象)を行うことである。硬化の不十分な場合には、インジェクションの流動抵抗により歪みを生じる。硬化を促進させるため、口腔内に圧接後トレーごとお湯に浸漬するのも一方法であるが、インジェクションを盛る前に冷水で十分冷やし室温程度にしておく必要がある。さもないと、インジェクションの硬化が著しく早くなる。
以上、2種の印象技法について述べたが、両印象技法による歯型の寸法精度の差を口腔内を模した隣在歯原型による試験(図3a)でみてみると、積層1回印象法によるものが10マイクロメートル程度小さくなることで(図3b)、両者の大きな違いは印象採得に要する時間と思われる。ただし、目的歯が最後臼歯の遠心部を含む場合には積層2回印象法のほうが確実である。
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寒天・アルジネート連合印象は、ありていに言えば、安価なため一段低いレベルの印象材と考えられている先生もいらっしゃるかもしれないが、本来の正しい操作法に従えば、かなりの性能を発揮できるものと思われる。
まず第一、両者とも多量の水を含んでいることが特徴である。このため、印象撤去後歯型材の注入が遅れると、水分の蒸発に伴う収縮により印象が変形する。ならば水中に浸漬しておけばどうかといえば、浸透圧の差により水分を吸収し、印象は膨潤し変形につながる。最善の取り扱い法は印象撤去前に歯型材を練和準備しておき、印象撤去後、ただちに注入することである。これは非常に重要なポイントで、印象撤去1分後に行っても直後のものと差が見られたという報告(図4)もある。
アルジネート練和時の混水比も重要である。内側性窩洞の場合には寒天で満たされるのでほとんど影響ないが、外側性の場合にはトレー材として働くアルジネートの稠度は大きく影響を及ぼす(図5a)。隣在歯原型による試験(図5b)でも標準混水比の場合には、頬舌―近遠心径の差が小さくなっている。
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寒天・アルジネート連合印象も、未硬化の2種の材料を重ね合わせる方法であるから、シリコーン積層1回法と同様に両者が十分な流動性を有する時期に、トレーを圧接することが必要である。
●経済性:
(1)設備投資
寒天・アルジネート連合印象の場合には、融解・貯蔵用のポットおよび、専用の注入器が必要であるが、シリコーン連合印象の場合には通常の注入器で間に合う。
(2)1回当たりの単価
述べるまでもなく、寒天・アルジネート連合印象のほうが安価であり、シリコーン連合印象の場合の数分の1程度であろう。
(3)事前の準備
寒天・アルジネート連合印象の場合には、診療開始前に融解を済ませ、いつでも使用できる状態(貯蔵槽)に準備しておく必要があるが、スタッフの協力があればとくに問題とはならない。
●歯型材の注入時期、再注入:
注入時期についてはすでに述べたので省略する。副模型のために同一印象への歯型材の再注入が必要な場合には、シリコーン印象なら可能である(ただし、隣在歯に特別大きなアンダーカットのない場合)。
●生活歯の深い窩洞の再印象の場合:
修復物の適合が思わしくなく、余儀なく再印象を行う場合が間々あるかもしれないが、このような状況では無麻酔の状態がほとんどだと思える。このとき窩洞が深い場合には、寒天印象材を注入した際に、約60℃の熱刺激により一過性の疼痛が引き起こされることもある。
●隣在歯に強いアンダーカットがある場合:
隣在歯の傾斜等により大きなアンダーカットがある場合には、印象は撤去時に歪みを生じる。その歪みの回復はシリコーン材のほうが優れている。
●動揺歯を含んだ印象採得の場合:
シリコーン印象材で全顎印象を行った場合にはかなりの撤去力が必要であるが、アルジネートのほうが弱い力で撤去できるので、患者に優しい場合もある。
●根管ポストホール等の印象:
シリコーン印象材はレンツロでポストホール内に送り込めるが、寒天印象では注入後に補助具(図6)を挿入したほうが明瞭な印象が採得できる。また、寒天印象材は強度が低いので、歯肉縁下部がちぎれる場合もありうる。
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一般に、水膠性印象材には超硬石膏よりも、硬石膏のほうが滑沢な模型面が得られるが、ゴム質系ではどちらも適すると言われている。最近では、水膠性にも適するとされる超硬石膏も市販されている。両歯型材の歯型寸法に及ぼす影響については、膨張量の小さな超硬石膏によるものが硬石膏によるものより10マイクロメートル程度小さくなる。
どちらの印象材を用いるにせよ基本術式を忠実に守れば、小型の修復物を作製するための間接法用の作業模型を得るには問題がないと考えられる。
しかし、口腔内ではさまざまな状況に遭遇するので、2種の異なったタイプの印象材を準備しておくのが、ベターと思われる。