メタルボンド冠 | 硬質レジン前装冠 |
大阪歯科大学 歯科補綴学第2講座 |
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川添 堯彬 | + | 田中 昌博 | + | 田中 誠也 | + | 佐藤 正樹 | + | 鳥井 克典 |
メタルボンド冠(補綴学会用語では陶材焼付鋳造冠)は、天然歯冠に似た色調と透明度、耐摩耗性、耐変色性に優れた陶材を金属表面に溶着したもので、金属の持つ強度と陶材の持つ審美性を兼ね備えた優れた補綴物である。しかし、陶材の焼成に伴う繰り返し加熱によるメタルフレームのひずみや変形、製作に不可欠な高度な技術と高価な設備、患者の経済的負担増などの問題点がある。
一方、硬質レジン前装冠は、材料や器具が安価で技工操作も簡単であり使用金属の限定がなく、製作時のひずみや変形は少ない。反面、耐摩耗性や強度、吸水性あるいは金属との接着性、耐色性、採算性などから、臨床的な扱いはメタルボンド冠よりも低く見られてきた1)。ところが、1986年4月に、前歯ブリッジ用と限定つきながらも硬質レジン前装冠が健康保険に採用され、1992年には単冠にまで適用が拡大され、さらに光重合型の歯冠用硬質レジンの登場による操作性や採算性の向上などの事情から、硬質レジン前装冠は急速に普及してきている2)。
そこでこのような状況をふまえ、メタルボンド冠と硬質レジン前装冠について、改めてその特徴や選択基準、適応症例についてまとめてみる。
何らかの原因により歯冠が一部、もしくは大部分崩壊したとき、元の形態に修復し機能の回復をはかるものとして全部鋳造冠による方法があるが、これでは前歯や小臼歯のように外観に触れやすい部位においては金属色が露出して自然感を損なってしまう。そこで、3/4クラウンやピンレッジ、インレー等による一部被覆による工夫がなされてきたが、部分被覆冠でも金属が外観に触れることは避けがたく、維持不足や二次齲蝕の問題があった。
こうして、外観上は天然歯のように見え、機能面でも十分な生理的機能を持つ補綴物が要求され、咬合に関与する部分には金属を使用し、審美に重点を置く部分には天然歯色を持つ材料を用いる前装鋳造冠が考案された。
前装鋳造冠には、現在、メタルボンド冠と硬質レジン前装冠の2種類がよく用いられている。前装鋳造冠として、このほかに既製陶歯前装鋳造冠があるが、陶歯と金属の結合や色調再現性の問題、陶歯の厚み獲得のために支台歯を多く削除しなければならないなどの理由から、最近ではほとんど用いられていない。
1)メタルボンド冠
メタルボンド冠は、金属に直接陶材を焼き付けることによって作られる歯冠補綴物であり、それゆえ、金属の持つ強度と陶材の持つ審美性を兼ね備えた優れた補綴物である。
メタルボンド冠は、1887年にポーセレンジャケット冠の創始者Landがジャケット冠の試作中にプラチナ板にポーセレンを焼き付けたところ、ポーセレンとプラチナの間に親和性のある結合ができているのを発見したことが発端となっている3)。その後、種々の問題点を解決すべく多くの研究がなされ、現在、審美性の要求される部位の単独冠のみならず、ブリッジにも応用されてきている。
図1 メタルボンド冠の製作手順
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陶材焼付鋳造冠は、2つのまったく異なる材料の複合体であり、そのため製作技工過程も他の歯冠補綴物と異なり、非常に工程が多く、また金属を扱う作業と陶材を扱う作業の両者が加わっているため、技工作業は複雑である(図1)。両者間の結合は、(1)機械的結合:金属表面の微細な凹凸に陶材が嵌入し、嵌合作用により機械的に結合するもの、(2)化学的結合:陶材中の酸素原子が金属中のSnO2、In2O3などの酸化物と結合するもの、(3)物理的結合:ファン・デル・ワールス力による分子間の引力による二次結合の3つが関与していることは周知のことであるが、両者間に種々の要件をもたらしている。
まず、両者の熱膨張係数の違いがある。大きな差であれば陶材の剥離や破折、クラックが生じることになる。しかし、わずかに金属が陶材より大きい場合には、陶材内部には圧縮応力、金属内部には引張応力が生じる。陶材は圧縮応力に対しては強いので、この場合トラブルは少ない4)。したがって、実際には金属のほうがわずかに熱膨張係数は大きく設定されている。 さらに、金属は陶材焼成時に溶融したりクリープを起こしてはならない。したがって、金属の溶融温度は陶材の焼成温度よりも高くなくてはならない。そして、良好な溶着強度を発現するために、陶材と金属のぬれも良くなければならない。 メタルボンド用合金としては、高カラット金合金が主として用いられてきたが、現在では低カラット金合金、Ag-Pd合金、Ni-Cr合金など、多種類の組成の合金が用いられるようになった(表1)。 |
表1 メタルボンド冠用合金 | |
高カラット金合金 | (Au-Pt)87Au-12Pd |
低カラット金合金 | (Au-Pt)55Au-30Pd-1.5Ag |
銀パラジウム合金 | (Ag-Pd)60Pd-40Ag |
パラジウム合金 | (Pd) |
ニッケルクロム合金 | (Ni-Cr)
高Ni系 86Ni-14Cr 中Ni系 78Ni-22Cr 低Ni系 55Ni-45Cr |
コバルトクロム合金 | (Co-Cr) |
コバルトクロムチタン合金 | (Co-Cr-Ti) |
商品名 | メーカー | 販売名 |
IPSメタルセラミックス | IVOCLAR | 白水貿易(株) |
アフロテック | 山八歯材工業(株) | 山八歯材工業(株) |
ウィル・セラム | ウィリアムス社 | リンカイ(株) |
エリートポーセレン | ハイデンタルサービス | ハイデンタルサービス |
OCSボンド | (株)オハラ | (株)オハラ |
クリエーション&サプライズ | クレマ社 | (株)ハーマンズ |
ジーセラオービット | (株)ジーシー | (株)ジーシー |
セラ8 | トーワ技研(株) | (株)モリタ |
セラムコ (II、G、B、ユニバーサル、ハイバリューPOP、ウルトラペーク、Gショルダー) |
Ceramso Inc. | 三金工業(株) |
ドュセラム | Ducera社 | 大信貿易(株) |
ノリタケスーパーポーセレン(AAA、TITAN) | ノリタケカンパニー | (株)モリタ |
ビタ(VMK-68、オメガ) | VITA | 東京歯科産業(株) |
ヘラセウム | Heraeus社 | パナヘラウスデンタル(株) |
ユニボンド (ユニボンド、ヴィンテージ、ヴィンテージ・オパール、ヴィンテージ・バリュープラス、ヴィンテージ・ハロー) |
(株)松風 | (株)松風 |
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メタルボンド冠と硬質レジン前装冠について、次の各観点からそれぞれの長所、短所を比較検討してみる。
・ポイント1 操作性
操作性がよいことは硬質レジンの長所の一つとして、以前からいわれていることである。とくにペースト状タイプ、光重合型タイプが世に出てきてからは、さらに操作時間が短くなった。そのうえ、メタルフレームの試適時に確認、調整した咬合や接触関係が、後の前装作業で狂うこともない。また、硬質レジンは、ポーセレンほど硬くないので形態修正や仕上げにも時間がかからない。
メタルボンド冠に比べて、修理が容易であることも長所である。ただし近年、シランカップリング剤の発達によりメタルボンド冠の補修が容易になった。シランカップリング剤は、無機質の陶材と有機質のレジンの橋渡しをする表面処理剤であり、レジンによる前装部破損の補修が可能になった7)。
・ポイント2 適応症
メタルボンド冠、硬質レジン前装冠の両方とも、全部被覆冠で修復しなければならないケースで、審美性が強く要求される場合が適応である。しかし、欠損歯数の多いロングスパン・ブリッジの場合には、メタルボンド冠では前装作業における繰り返し加熱によるメタルフレームの変形が避けられないので、硬質レジン前装冠が適用される。また、テレスコープ外冠には、使用金属が限定されるうえ、維持に外冠のひずみを利用することから硬質レジン前装が利用される(図3)。ノンプレシャス合金を使用することの多い接着ブリッジでも、接着力主体に金属を選べるので硬質レジン前装が用いられる。
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・ポイント3 審美性
現在、この点に関しては両者ともあまり差がなくなってきている。従来、硬質レジンでは中間色が出しにくいといわれていたが、シェードやステインも豊富になってきており、メタルボンド冠に十分対抗できるようになってきた。また、硬質レジンの機械的性質も向上し、切端近くまで行われていたメタルバッキングが最近では不必要なものもあり、切端付近の審美性改善に効果的である。しかし、透明感の強いレジンでは、前装冠中央部や歯頸部のように厚さが限られている場合、オペーク色の影響が表面まで及び、その調整が難しい。ときには、リテンションビーズなど唇面中央の前装材維持装置を取り除き、接着性オペークにて維持部とオペーク色の調整をはかることもある。
・ポイント4 経済性
この点では、硬質レジンのほうが優れている。メタルボンド冠は製作に複雑な工程と特殊な装置を必要とし、コストがかかるのに対し、硬質レジン前装冠は設備費や維持費なども割安で、器材の消耗も少なく経済的である。さらにフレームとして用いる金属は何でも使用できるので、金属を自由に選択することができる。
・ポイント5 耐久性、耐摩耗性、耐色性
硬質レジン前装冠は原則的には切縁近くまでメタルでバッキングすることを原則としているが、バッキングしなかったときや維持が貧弱な場合に破折することがある。一方、メタルボンド冠でも、ときとして衝撃力による陶材の破折や、金属と陶材との剥離が生ずることがあるが、ブラキシズムのような習癖や事故など過度の力が加わった例を除くと、このようなトラブルは比較的少ない。正常な口腔機能のもとで、陶材の破折が生ずる原因の多くは咬合調整の不備や設計の不十分さによるものであり、金属と陶材との界面で剥離を生ずるのは、焼成時における汚染などのため、金属と陶材との溶着が不十分なことによるものである。
耐摩耗性に関しては、硬質レジンは改善に著しいものがあるとはいえ、やはり陶材のほうが優れている。硬質レジン前装冠の摩耗で、最近のコンポジット系硬質レジンはハイブリッドタイプでフィラー含有量も多く以前に比べて改善されてきているようであるが、陶材と比べればやはり摩耗量は多く、歯ブラシの使用には注意を払う必要がある8)。近年、審美的要求から切縁部や咬合面までも硬質レジンで被覆するようになってきた。そこで問題となるのは歯同士の接触による摩耗である。硬質レジンの場合、やはりレジン自体の摩耗が問題となるが、ガラスフィラーを含む硬質レジンでは対合歯を摩耗させる危険性も指摘されている9)。一方、陶材そのものの摩耗は硬質レジンに比べればはるかに少ないが、グレーズしないで粗な状態で装着すると、対合歯が摩耗したり、過大な咬合力が発生して補綴物と歯周組織両方が損傷する危険もある10)。
色調や滑沢さの経時的変化において、硬質レジン前装冠はかなり向上したものの、陶材の色調安定性に比べてまだ問題がある(図5)。色調の変化の原因には硬質レジンそのものの吸水性と熱膨張係数がある。レジンの吸水性により白濁や食物汚染による変色が起こる。また、硬質レジンの熱膨張係数は金属の5〜6倍と大きく、メタルフレームと前装レジンとの間に間隙が生じ、メタルフレームの界面に異物が侵入し金属を黒っぽくして、それが透過してあるいはレジン内に侵入して変色が起こる。このような変色を防ぐには、辺縁近くまで細かなリテンションビーズを付け、接着性オペークを併用すると効果的である。一方、色調の安定性で申し分のないメタルボンド冠でも、逆に増齢的な天然歯の色調などの周囲の変化により、不調和を生じてしまうということがある。
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メタルフレームが不適合であれば、メタルボンド冠であれ硬質レジン前装冠であれ歯肉に為害作用を及ぼすことになる。また、前装部がオーバーカウントゥアーであれば自浄性が低下し、どちらの場合でも歯肉に為害作用を及ぼす。さらに、硬質レジン前装冠の場合には、前装部硬質レジンの重合が不完全で未反応物の溶出が歯肉に刺激を与えることがある。モノマーとして用いられている架橋剤は未反応物をある程度残したままで固まるので、その割合を少なくするよう心がける必要がある。また、ガラスフィラーを多量に含むオペークはレジン成分が少ないため重合しにくく、さらに硬化後の面も粗いので、口腔内で露出すると歯肉への物理的刺激となる。したがって、オペークを辺縁に出さず控え目に塗布する必要がある。一方、メタルボンド冠では、装着後に歯頸部に沿って歯肉が黒っぽく見える、いわゆるブラックラインが依然として問題として残っている(図6)。その原因としては製作過程における操作や使用材料に起因するものが多く、対処できるものについて一つひとつ解決していく必要がある(表4)11)。
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メタルボンド冠と硬質レジン前装冠の両者を比較すると、操作の簡便さ、メタルフレームの適合性、経済性の点では硬質レジン前装冠のほうが優れているといえる。しかし、審美性、生体親和性、耐久性など、多くの点ではメタルボンド冠のほうが優れている。
結局はそれぞれの長所、短所を考慮して、患者さんへの十分なインフォームド・コンセントを行ったうえで、症例ごとに選択していくのがよいといえる。また、最近ではキャスタブルセラミックス・クラウンやハイブリッドセラミックス・クラウンなど新しい審美材料も臨床に取り入れられてきており(図7)、今後、これらも視野に入れて選択していく必要があろう。
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【参考文献】
- Ludwing AR:The Polychromatic Layering Technique 137, Quintessence, Chicago, 1990.
- 小嶋智子、吉野 諭、梅澤正樹、他:クラウン・ブリッジの統計的観察、平成6年度分について、昭歯誌、17:1〜9、1997.
- John F. Johnston, George Mumford, 保母須弥也:金属焼付ポーセレン2、医歯薬出版、東京、1975.
- Combe EC:Notes on Dental Materials 143, Churchill Livingstone, New York, 1992.
- 川添堯彬、末瀬一彦:チタンの陶材焼付鋳造冠への応用、補綴臨床、24:689〜694、1991.
- Bruce JC:Contemporary Esthetic Dentistry:Practice Fandamentals 59, Chicago, Quintessence, 1994.
- 末瀬一彦、川添堯彬:陶材焼付鋳造冠の陶材部分が破損してしまったとき、Dental Diamond、17(9):114〜115、1992.
- 川原光正、吉田圭一、熱田 充:歯冠用硬質レジンの耐歯ブラシ摩耗性について、歯材器、6:788〜794、1987.
- 鈴木司郎:硬質レジンは咬合面に使えるか―各種歯冠用硬質レジンの耐咬耗性について―、Quintessence of Dental Technology 13:471〜479、1988.
- Robert GC:Restorative Dental Materials 470, Mosby, St. Louis, 1997.
- 服部正巳、橋本和佳:陶材焼付鋳造冠装着後の周囲歯肉の変色、Dental Diamond. 20(8):86〜89、1995.