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2021年03月号 「抜歯後の治癒不全」
2.エナメル上皮腫

病理組織学的検査所見:腫瘍は不規則な胞巣状の増生を示し、胞巣辺縁には濃染核を有する立方状、円柱状の腫瘍細胞が基底膜に直交するように配列し、胞巣内部には星状細胞様細胞が認められる。また、部分的に細胞密度が増大し、扁平上皮化生を伴う部分も認められる(図4)。
 手術検体の病理組織所見では、びらん部に角化を伴う扁平上皮癌細胞の浸潤を認めたが顎骨浸潤はなく(図4)、頸部リンパ節に転移も認められなかった。最終診断は左側上顎高分化型扁平上皮癌(pT2N0M0)であり、現在、外来通院にて経過観察中である。
解説:エナメル上皮腫は、顎骨に発生する全歯原性腫瘍で最も多い(28.1%)良性の歯原性腫瘍である。好発年齢は10〜30歳代(全体の60%以上)で、70歳以上(約5%)の発生は稀と報告されている。好発部位は上顎に比べて下顎(91.9%)が圧倒的に多く、上下顎とも大臼歯部(約56%)、次いで下顎枝部、前歯部、小臼歯部の順である。本腫瘍は一般的に顎骨内に発生するため、画像診断が欠かせない。画像所見としては、境界明瞭な単房性または多房性のX線透過像を示すが、類似の所見を示す病変(歯原性角化嚢胞,含歯性嚢胞,歯根嚢胞など)も多く、その鑑別には病理組織検査が必須である。
 また、発育は比較的緩慢でありながら、局所浸潤性に増殖する性格を有するため、腫瘍のみの単純な掻爬や摘出では再発の危険性が高く、腫瘍と接している骨の削除や近接する歯の抜歯を行う必要がある。本症例でも、かかりつけ歯科医院で抜歯時に鋭匙を用いた掻爬が行われたようであるが、エナメル上皮腫の治療には不十分な処置であり、また、多房性病変の掻爬を粘膜骨膜弁の剥離や骨削除なしで抜歯窩から行うことは不可能である。
 当科で行った全身麻酔下の処置(隣在歯である13の抜歯を含む顎骨腫瘍摘出術+骨削除)と術後1ヵ月の口腔内写真を供覧する(図5、6)。わが国は世界に先駆けて超高齢化が進んでおり、それに伴い今回のような高齢者のエナメル上皮腫患者の増加が予想される。したがって、自覚症状のない口腔粘膜が腫脹する病変の診断においては、エナメル上皮腫を含めた歯原性腫瘍も念頭におく必要がある。
 エナメル上皮腫は、若年者下顎大臼歯部歯根の鋭利な吸収が特徴であり、「高齢者、下顎前歯部、歯根吸収なし」では当てはまらないと早合点し、安易に単なる抜歯窩治癒不全と思い込まぬよう、前回(本コーナー2019年12月号)の診断に苦慮した下顎骨転移性がんに続き、「思い込みは臨床ではご法度である」という症例を提示した。

【参考文献】
  1. 1)日本口腔腫瘍学会 ワーキンググループ(編):科学的根拠に基づくエナメル上皮腫の診療ガイドライン.学術社,東京,2015.
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図5 術中の口腔内写真。抜歯を含む、顎骨腫瘍摘出術+骨削除
図5 術中の口腔内写真。13抜歯を含む、顎骨腫瘍摘出術+骨削除
図6 術後1ヵ月の口腔内写真
図6 術後1ヵ月の口腔内写真

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