A | 4.薬剤性口唇口角炎 |
天疱瘡は自己免疫疾患であり、口腔粘膜や全身の皮膚に水疱が発生する。自験例では、症状は口唇と口角のみで、四肢や体幹、さらに口腔内の粘膜にもニコルスキー現象からの潰瘍やびらんなど異常が認められなかったことや、抗デスモグレインIII抗体も抗デスモグレインI抗体も陰性であったことより、天疱瘡とは考えにくい。
次に、帯状疱疹は、水痘ウイルスの回帰感染で免疫力の低下時に神経領域に合致して片側性に発生する。自験例では上下唇の周囲全体に発生していたため、帯状疱疹とは考えにくい。
口腔カンジダ症は、抗菌薬の投与による口腔内細菌叢の変化や、高齢者など免疫力の低下時に好発するが、自験例では、抗菌薬の服用もなく、口腔内粘膜にも異常がなく、真菌検査も陰性であったため、カンジダ症とは考えにくい。
最後に、薬剤性口唇口角炎であるが、今回、患者への医療面接で自宅にあった消毒薬を自分で口唇に塗布しているとの情報が得られ、より詳細に聴取すると、皮膚消毒用の薬剤を原液のまま直接口唇に塗布していたらしく、粘膜の消毒には濃度が濃すぎたことから、薬剤刺激性の口唇口角炎が生じたものと思われた。
現在、口腔粘膜に使用可能な消毒薬は、ヨード系のポビドンヨード、逆性石鹸の塩化ベンザルコニウムなどがあるが、皮膚用と粘膜用では濃度にも差があり、今回、患者は皮膚消毒用の薬剤を口腔内には使用していなかったものの、口唇粘膜に頻用したことから、薬剤性口唇口角炎が発症したものと思われ、使用を中止させると徐々に回復がみられ、1週後にはほぼ治癒していた(図3、4)。また、クロルヘキシジンは無味、無臭で強い殺菌力があるが、口腔粘膜に塗布した場合、稀にショックを起こすことがあるので、現在は含嗽薬を除き使用されていない(ただし、グルコン酸塩でなく、塩酸塩なら問題ないとされている)。
従来、皮膚と粘膜では薬剤の刺激耐性に差があり、口腔粘膜への消毒薬使用時は適正濃度を確認し、使用部位を十分に考慮したうえで使用すべきである。
さらに、自験例は軽度認知症のある高齢者であり、医療面接は慎重かつ丁寧な情報の聴取が肝心であることを再認識した。
図1 原因判明後の開口時写真
図2 原因判明後の閉口時写真