2019年12月号 「下顎の疼痛」
A | 2.転移性腫瘍 |
病理組織学的検査所見:初診後40日目、局所麻酔下に左側下顎骨内病変の組織生検を施行した。肺腺がんの下顎骨転移(図3)。
PET-CT画像所見:肺腺がんの多発転移(図4)。
解説:
顎口腔領域の転移性腫瘍(他臓器からの転移)は、全悪性腫瘍の1〜3.4%と稀な疾患である。転移パターンは血行性転移で、部位別では下顎骨が最も多く、そのうちの半数以上が下顎臼歯部である。その理由として、下顎臼歯部は血流に富み、さらに下歯槽動脈が下顎角部とオトガイ孔部において急激に屈曲することで血流が緩慢となるため、腫瘍細胞の着床を来しやすいといわれている。原発臓器別では、乳房、肺、腎・副腎の順であり、主訴は組織型に関係なく、下顎の疼痛が最も多い。また、初発症状としてオトガイ神経領域の知覚異常や麻痺の報告もある。本症例と同様に、原発巣に先立って転移性腫瘍が発見されたという報告も散見される。
本症例のような下顎の疼痛が持続し、パノラマX線写真やCT画像の所見から最初に疑う疾患は下顎骨骨髄炎であろう。本症例における落とし穴は、この疼痛が歯原性で説明のつかない痛みだと判断して、下顎骨骨髄炎と決めつけてしまうことである。この“疼痛”が曲者であり、誤診に繋がる最大のポイントである。診断を早期に導くコツは、発熱なく、血液検査所見で異常がないこと、さらにオピオイドを使用するほど強い持続する疼痛であることを参考に、もう一度最初に立ち返って考え直すことである(表1)。確定診断を得るまでに無駄な時間を要して、挙げ句の果てに骨髄炎ではなく末期がんである。「思い込みは臨床ではご法度である」という教訓が、筆者の胸に深く刻まれた症例を提示した。
図3 生検組織の病理組織写真。H-E染色:小胞巣状あるいは小腺管状を呈して浸潤増殖する中〜低分化の腺がん。腫瘍細胞は、原発性肺腺がんのマーカーであるTTF-1、Napsin Aに陽性
a:右下葉に辺縁不整の結節影(SUV max 3.0) 原発巣
b:左下顎骨、c:左顎下リンパ節、d: 左鎖骨、右上縦隔リンパ節、e:気管分岐部リンパ節、f:肋骨、g:第5腰椎、にSUV max 4.0以上の集積 転移部位
図4 PET-CT画像。肺腺がんの多発転移
表1 がんの骨転移形態
(1)溶骨型(osteolytic type) |
腫瘍細胞が種々の骨吸収促進因子を産生することにより、破骨細胞の形成や機能の亢進が持続性にみられ、破骨細胞による骨吸収が優位となり骨破壊を来す。乳がん、肺がんに多い |
(2)造骨型(osteoscleretic type) |
腫瘍細胞が種々の骨形成促進因子を産生することや骨吸収に伴う反応性の骨形成の亢進により、過剰な骨形成がもたらされる。前立腺がんに多い |
(3)混合型(mixed type) |
(1)と(2)の混合型。乳がんに多い |
(4)骨梁型(intertrabecular type) |
腫瘍が骨髄内を浸潤する。骨破壊がほとんどないタイプ。転移初期に多い |