A | 4.HIV感染による進行性壊死性潰瘍 |
処置および経過:右頬粘膜がんを疑い、潰瘍部の細胞診を実施したが陰性であった。詳細な問診よりHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症(AIDS)、梅毒の既往があきらかとなった。内科での血液検査結果(表1)は、HIV-RNA 500,000copy/mL、CD4 陽性T cell 7であった。以上の所見より、「HIV感染症」と診断された。
治療は内科でHAART(Highly Active Anti-Retroviral Therapy)療法としてインテグラーゼ阻害剤であるラクテグラビル(RAL〔アイセントレス〕)、核酸系・逆転写酵素阻害剤のテノホビル・エムトリシタビン合剤(TVD〔ツルバダ〕)が開始された。治療経過は良好で、口腔内病変の改善消失を認めた(図3、4)。
HIV感染症は免疫担当細胞CD4陽性Tリンパ球に感染し、機能を障害し破壊する疾患である。免疫不全状態は全身のさまざまな部位に日和見感染症を引き起こすことが知られており、とくに口腔内は日和見感染症が高頻度で出現する部位とされる。代表的な疾患として口腔偽膜性カンジダ症、紅斑性カンジダ症、歯肉帯状紅斑症、口腔毛様白斑症などが知られている他、カリニ肺炎やカポジ肉腫などの発現が報告されている。発現頻度は低いが進行性壊死性潰瘍がみられることがあるため、悪性腫瘍や梅毒、結核といった特殊性炎症との鑑別が重要となる。
HIV感染者にみられる口腔内病変は、無症候期以降の初発症状として現れる頻度が高く、約30〜80%に生じると報告され、 HIV感染の診断の契機になるとされている。HIV感染症が発見された当初は予後不良な疾患であったが、強力な抗ウイルス薬の開発により予後は劇的に改善され、通常の日常生活を送ることが可能な状態になっている。
先進国におけるHIV感染症の罹患患者数は減少傾向にあるが、わが国は残念ながら増加傾向にある。このことは、一般開業医院にHIV陽性患者が受診する場合があることを意味している。歯科医師が口腔内の難治性日和見感染症を診た場合、HIV感染の可能性を考え、適切な医療機関へ紹介することが重要である。
図3 頬粘膜潰瘍の縮小を認める
図4 白色偽膜の消失を認める
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