A | 2.症候性三叉神経痛 |
本症例で痛みが出現する部分は、右下顎臼歯部の舌側歯肉であった。が抜歯されていたことから、同部の外傷後の神経障害性疼痛も疑われたが、抜歯から数年が経過した後に痛みが発症していることから、否定的であった。口腔内外の診査およびX線検査(図1)、CT検査(図2)では痛みの原因と考えられる異常所見はなく、特発性三叉神経痛の臨床診断のもと、三叉神経痛の治療薬であるcarbamazepine(テグレトール®)の投与を行った。投薬にて疼痛は軽減したが、典型的な特発性三叉神経痛の症状ではなく、たまに下唇がしびれるような感じがあるとの訴えや、さらによく聞いてみるとずっと耳鳴りが続いているとの訴えがあった。そこで、念のためMRIを撮影してみると、脳内に腫瘍性病変が見つかった(図3)。脳神経外科に精査を依頼したところ、診断は聴神経腫瘍(神経鞘腫)で、この腫瘍が三叉神経を圧迫し、痛みが生じていると考えられた。その後、同科で腫瘍摘出術を行い、疼痛は消失した。
歯科にはおもに歯の痛みを訴える患者が受診するが、その原因が必ずしも訴えのある歯や歯肉に一致しないことがしばしば見受けられる。たとえば、急性の鼻性上顎洞炎の場合には、上顎の同側の歯に痛みが出現することがあり歯科を受診するが、口腔内診査ではとくに異常がみられないことがある。また、「痛みの訴えが強いため、やむを得ず抜髄を行ったが、痛みは改善しなかった」というケースもみられる。
当科にはしばしば、歯や口腔内に異常を認めない患者が、原因精査のために紹介来院する。ほとんどの患者は、特発性三叉神経痛や歯科心身症と診断され、投薬などで症状が改善する。しかし稀に、「いつもと違う」疼痛や症状を訴えるときには別の疾患であることもあり、注意を要する。
今回の症例は、「いつもと違う」疼痛の表現として、「間欠的なしびれ」、「知覚鈍麻」があった。「いつもと違う」と感じた患者には、今回の症例のような病変が隠れていることがある。三叉神経痛と診断された患者の4.7〜20.0%に脳腫瘍が発見されたとの報告があり、頻度は決して低くない。また、CT検査で確定診断できた症例は51%にとどまるとも報告されており、専門的な検査が必要な場合がある。気になったときには、専門医による精査を勧めてみるほうがよいかもしれない。
図3 MRI画像では頭蓋内の腫瘍がはっきりとわかる。
MRIを撮影しなければ、まったく気づかなかったと思われる
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