合着・接着剤
グラスアイオノマーセメント
レジンセメント
岡山大学歯学部
歯科理工学講座
入江正郎
Contents
追求1 比べてみよう、どっちがどっち?
最近は、リン酸亜鉛セメントやカルボキシレートセメントの時代から、グラスアイオノマーセメントやレジンセメントの時代に移行しつつある。たとえば、アメリカの現状1~3)やわが国の学生教育4)からもその傾向が察知できる。 そこで、今月は合着(もしくは接着)材として近年多用されてきたグラスアイオノマーセメントとレジンセメントを取り上げ、”どっちがどっち”と比較しながら、それぞれの特徴を種々のかくどから検討してみよう。
追求2 どっちにしても、どんなもの?
弾性印象材はその組成により、ゴム質系と水膠系との二系列に分類されている。いずれの印象材を用いるにせよ、その材料に適した使用法を守らないとその性能が十分に発揮されない。そこで、大方の先生には復習になるかと思われるが、材料的な特徴について若干触れさせていただく。
グラスアイオノマーセメントは、1971年A.D.WilsonとB.E.kentにより開発され、その実用版として1970年代前半イギリスのアマルガメイテッド社から”アスパ”(充填用)という商品名で市販され、わが国では1970年代半ばジーシー社から”フジアイオノマー タイプI”(合着用)、次いで”フジアイオノマー タイプII”(充填用)および”フジアイオノマー タイプIII”(フィッシャーシーラント用)が市販された。その後約20年経過し、現在わが国では種々のメーカーから合着用が市販されている。(図1)。
図1 市販の従来型グラスアイノノマーセメント
レジンセメントは、床用レジンやコンポジットレジンの登場に伴い、その技術を生かして登場した材料と思える。1970年代の後半に”エポキシライト9080 Crown Bridge Adhesive(略してCBAセメント)”や”オルソマイトIIS”が市販されて以来、約20年近く経過した。現在わが国では種々のメーカーから市販されている。(図2)。
図2 市販のレジンセメント
最近では、両セメントの中間的なレジン配合型グラスアイオノマーセメント(Resin-modified Glass Ionomer cement)が登場した。(図3)。このセメントは光硬化型グラスアイオノマーセメント〔フジIILC(ジーシー社)やビトレマー(スリーエム社)〕の硬化機構を、化学重合型にした合着材と想像する。5)。
図3 市販のレジン配合型グラスアイオノマーセメント
このセメントは光硬化型グラスアイオノマーセメント〔フジIILC(ジーシー社)やビトレマー(スリーエム社)〕の硬化機構を、化学重合型にした合着材と想像する。5)。 以上の背景を前提として、追求3では両セメント+レジン配合型グラスアイオノマーセメントを比較しながら追求のポイントを絞ってみたい。
追求3 どこが、どれだけ、どう違う?
実験に際して
市販品の中から無作為にそれぞれ2製品選択し、実験材料として使用した。(表1)。
表1 使用したセメント
製品 | メーカー | 製造番号 | 指定粉液比 |
従来型グラスアイオノマーセメント フジ I ケタック・セム | ジーシー エスペ(白水) | 191051 95710 | 1.8g/1.0g 3.8g/1.0g |
レジンセメント インパーバ・デュアル ビスタイト・レジンセメント | 松風 トクヤマ | 0895 18082P | 3.3g/1.0g ペーストタイプ |
レジン配合型グラスアイオノマーセメント フジリュート ビトレマー・ルーティングセメント | ジーシー スリーエム | 180151 19941206 | 2.0g/1.0g 1.6g/1.0g |
1.接着強さの測定
ISOの指針(ISO/TR 11405)6)に準拠して、ヒト小臼歯エナメル質と象牙質面に対するセメント(2mm厚さの層)の1日間水中浸漬後のせん断接着強さを測定した。同時に測定後の破断面を実体顕微鏡で観察して、凝集破壊(被着面全体にセメントが残っている破壊)を呈した試料数も数えた。 歯質の処理は、メーカー指示に準拠した(表2)。従来型グラスアイオノマーセメントはすべて無処理だが、レジンセメントの場合、大きな接着強さを得ようとして、種々の処理を施さなければならない。口腔内の状況、患者の負担を考慮すれば、このような処理が臨床の場で確実に行われているか疑問である。レジン配合型グラスアイオノマーセメントの場合は、無処理か1回の処理である。
表2 種々のセメントの歯質処理
フジ I | ケタック・セム | インパーバ ・デュアル | ビスタイト・レ ジンセメント | フジリュート | ビトレマー・ルーティングセメント |
無処理 | 無処理 | エッチング (15秒間) 水洗・乾燥 デンチプライマー (30秒間、象牙質のみ。エナメル質は不要) | コンディショナー (10秒間) 水洗・乾燥 プライマー (30秒間) | コンディショナー (20秒間) 水洗・乾燥 | 無処理 |
2.曲げ強さの測定
合着材の機械的強さのパラメーターとして圧縮強さが一般的であったが、最近では脆性材料の物性評価に重要視されている曲げ強さのほうが注目され、また昨年のISO委員会でも合着材の機械的強さとして、圧縮強さに変わり、曲げ強さが検討されだしたと聞く。よって、今回は機械的強さの一指標として、1日間水中浸漬後の曲げ強さを測定した。
実験結果から
1.従来型グラスアイオノマーセメント
表3に水中浸漬後の接着強さの測定結果を示した。両製品ともエナメル質に対しては6~7MPa、象牙質には約4MPaを示した。他の2種のセメントと比較してもっとも小さな強さだが、変動係数は小さかった。また、多くのケースで凝集破壊像を呈した。
表3 従来型グラスアイオノマーセメントの歯質に対する接着強さ
製品 | 平均値標準偏差 (MPa) | 変動係数* (%) | 測定値の幅 (MPa) | 凝集破壊数 (N) |
フジ I エナメル質 象牙質 | 7.22.1 3.90.4 | 29 10 | 4.9~10.6 3.6~ 4.7 | 4 6 |
ケタック・セム エナメル質 象牙質 | 6.11.6 3.80.8 | 27 22 | 2.9~ 4.9 2.6~ 4.9 | 6 6 |
*:標準偏差を平均値で除し、%で表示した値である。測定値のバラツキの目安になる。 試料数:6 |
この結果から、接着強さ自身は小さいが、いかなる歯質に対しても確実な接着が期待でき、凝集破壊像から、実際には測定結果以上に接着し、リン酸亜鉛セメントの欠点である封鎖性に対する不安感も解消され、確実な封鎖性が期待できると考えられる。無処理な点と併せて、口腔内のいかなる条件にも確実に対処できるセメントと信じる。
表4に曲げ強さの結果を示した。3種類のセメントでもっとも小さな強さを示した。組織的に仕方がない。 その他の特徴として、フッ素徐放性による二次齲蝕予防効果7、8)や歯質脱灰阻止能9、10)が確認されている。このような抗齲蝕性が、本セメントの特徴の一つでもある11)。
表4 3種のセメントの曲げ強さ
製品 | 平均値標準偏差 (MPa) | 変動係数* (%) | 測定値の幅 (MPa) |
従来型グラスアイオノマーセメント フジ I ケタック・セム | 17.3 7.8 17.9 3.1 | 45 17 | 10.8~ 30.3 14.0~ 22.0 |
レジンセメント インパーバ・デュアル ビスタイト・レジンセメント | 151.013.6 152.8 7.6 | 9 5 | 135.5~168.0 146.6~164.4 |
レジン配合型グラスアイオノマーセメント フジリュート ビトレマー・ルーティングセメント | 30.0 7.3 14.7 4.8 | 24 32 | 23.2~ 41.9 10.0~ 20.3 |
*:標準偏差を平均値で除し、%で表示した値である。測定値のバラツキの目安になる。 試料数:5 |
2.レジンセメント
表5に測定結果を示した。両製品ともエナメル質と象牙質に対して約10MPa以上の接着強さを示した。しかし、変動係数や測定値の幅が大きく、バラツキの大きい結果となった。
表5 レジンセメントの歯質に対する接着強さ
製品 | 平均値標準偏差 (MPa) | 変動係数* (%) | 測定値の幅 (MPa) | 凝集破壊数 (N) |
インパーバ・デュアル エナメル質 象牙質 | 18.06.0 11.94.0 | 34 34 | 13.1~29.5 8.3~19.7 | 4 1 |
ビスタイトレジンセメント エナメル質 象牙質 | 12.85.3 8.51.3 | 41 15 | 6.5~18.9 7.2~10.7 | 1 0 |
*:標準偏差を平均値で除し、%で表示した値である。測定値のバラツキの目安になる。 試料数:6 |
大きな接着強さを示した要因として、歯質処理の効果(特にエナメルエッチング)とともに、セメント自身の機械的な強さが考えられる(表4)。しかし、従来型グラスアイオノマーセメントとは異なり、確実性に欠ける。歯質処理の煩雑さが、大きく影響していると思われる5)。また、口腔内の湿度、唾液、血液などの汚染物質の影響を受けやすい点も指摘されている12)。破断面も観察しても、従来型グラスアイオノマーセメントとは異なり、凝集破壊を呈した試料がわずかな点から、確実な接着が期待できるかどうか、疑問を感じざるをえない。なお、ビスタイト・レジンセメントの場合、指示書にエナメル質に確実な接着を期待する場合はエッチングをするよう記載してあり、納得できる。
表4に曲げ強さの結果を示した。3種のセメントの中でもっとも大きな強さを示した。コンポジットレジンと同じ構造のため当然の結果思える。 ラミネートベニア、レジンインレー、セラミックスインレーやクラウン、アドヒージョンブリッジの接着には、本セメントが最適であり、本セメントに対する信頼性が得られたため、これらの修復法が世界的に定着してきたと思う13)。貢献度は絶大である。国産の本セメントは、グラスアイオノマーセメントとともに世界的に普及しつつあり、メーカー各社の努力に感謝したい。
3.レジン配合型グラスアイオノマーセメント
表6に歯質に対する測定結果を示した。両製品ともに象牙質に対しては確実に接着したが、ビトレマールーティングセメントの場合、エナメル質に対する不安を感じざるをえない。その点以外は変動係数が比較的小さく、レジンセメントとは異なり、比較的安定した接着強さを示した。
表6 レジン配合型グラスアイオノマーセメントの歯質対する接着強さ
製品 | 平均値標準偏差 (MPa) | 変動係数* (%) | 測定値の幅 (MPa) | 凝集破壊数 (N) |
フジリュート エナメル質 象牙質 | 17.42.7 8.11.1 | 16 14 | 14.4~21.2 6.4~ 9.8 | 6 6 |
ビトレマー・ルーティングセメント エナメル質 象牙質 | 5.35.0** 7.81.3 | 46 17 | 0 ~12.4 5.6~ 9.3 | 0 5 |
* :標準偏差を平均値で除し、%で表示した値である。測定値のバラツキの目安になる。**:試料数6個のうち、2個は光照射後に試料作製装置から取り出す時に歯質からはずれたためゼロとして計算した。試料数:6 |
表4に曲げ強さの結果を示した。3種のセメント中で中間的な強さを示し、合着用の粉液比や組成からこの程度の数値と想像する。
本セメントは、レジンセメントと比較すると物性的に劣る従来型グラスアイオノマーセメントの改良策として出現したタイプと思うが、市販されて1年余りしか経過していないもっとも新しいタイプである。今後のin vivoやin vitroの研究成果に注目し、慎重に対処されることを切望する。
追求4 比べてみたら、どっちがどっち?
日常の臨床において、合着(接着)用セメントの使用頻度はきわめて高い。種々のセメントが市販され、その選択には先生方は常日頃悩みの種と想像する。
その選択基準として、たとえば、
- 合着(接着)する修復物の種類や部位
- 咬合関係や対合歯の様子
- 被着面歯質の種類や面積
- プラークコントロール
が考えられ、今回の実験結果を一つの参考資料として、先生方にはご自身の臨床経験と知識から長期的視野に立脚し、セメント自身の特徴をよく把握して、それぞれの症例に即したセメントの使い分けをお願いする。
使用に際しての注意点を列挙する。
- 従来型グラスアイオノマーセメント
- 露出セメント部や修復物辺縁は必ずバーニッシュ材を塗布すること(今回でもセメントにはバーニッシュ材を塗布した)→セメント溶解防止のため。
- レジンセメント
- 操作に習熟すること→操作が煩雑なため。
- 歯質処理を正確に→メーカーの指示を正確に行わないと、所期の接着強さを発揮しないため。
- 防湿を確実に→歯質との強固な接着を期待するため。
- レジン配合型グラスアイオノマーセメント
- 3種のセメントに共通して
- 計量を正確に(特に粉液タイプ)。
- 採得後は直ちに練和し、合着・接着すること。
セメントを過大評価せず、日々の研鑽から生まれた知識、技術を伴ってこそ所期の性質を発揮することをお忘れにならないように。 本実験の一部は、文部省科学研究費補助金(基盤研究(B)(2)、課題番号:08457527)により行った。関係各位に御礼申し上げる。
【参考文献】
1)Christensen,G.J. : A promising new category of dental cements,J.Am.Dent.Assc.,126(6):781~782, 1995
2)Product use survey – 1995, Clinical Research Associates Newsletter, 19(10):1~4, 1995.
3)国際歯科ニュース:1995年度アメリカの歯科医師の状況調査結果-その2-、日歯医師会誌、48(11):1244~1247、1996.
4)青木誠司、小林和弘、井上宏一、天川由美子、坪田有史、松山喜昭、小久保裕司、福島俊士:本学臨床実習におけるクラウン・ブリッジの統計的観察-第4報-、鶴見歯学、22(1):111~122、 1996.
5)入江正郎:合着・接着用セメントの現状 象牙質に対する接着強さの視点から、日歯評論、647:63~70、 1996.
6)ISO/TR 11405: Dental materials – Guidance on testing of adhesion to tooth structure, 1~14, 1994.
7)Swift, Jr., E.J.: Effects of glass ionomers on recurrent caries, Oper. Dent., 14(1): 40~43, 1989.
8)Tyas, M.J.: Cariostatic effect of glass ionomer cement: A five-year cinical study, Aust.Dent. J., 36(4): 236~239, 1991.
9)ten Cate, J.M., van Duinen, R.N.B.: Hyper-mineralization of dential lesions adjacent to glass-ionomer cement restoration, J.Dent.Res., 74(6): 1266~1271, 1995.
10)Mayer, T., Lenhard, M.,Pioch, Th.: Der einfluβ plastischer Fullungsmaterialien auf das Demineralisationsverhalten von Zahnschmelz, Dtsch. Zahnarztl.Z., 51(4):235~237, 1996.
11)Mount, G.J.: Some physicaland biological properties of glass ionomer cement, Int. Dent.J., 45(2): 135~140, 1995.
12)藤井 次:接着性レジンセメントの進歩とその選択指針について、日歯医師会誌、48(11): 1186~1195, 1996.
13)Heymann, H.O., Bayne,S.C., Sturdevant,J.R., Wilder, Jr., A.D., Roberson, T.M.: The clinical performance of CAD-CAM-generated ceramic inlays. A four-year study. J.Am.Dent.Assoc., 127(8): 1171~1181, 1996.
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