徹底追及どっちがどっち? 唇側矯正装置VS舌側矯正装置|デンタルダイヤモンド 1998年7月号

唇側矯正装置

舌側矯正装置ー

日本大学松戸歯学部 矯正学教室
今村隆一


水間謙三

追求1 比べてみよう、どっちがどっち?

従来より矯正治療を受けたくない一つの大きな要因として、矯正装置が患者の顔貌の審美性を損なうということがあげられている。
矯正装置を付けることによって学校でのいじめの対象になるのではないかと心配する親がいる、という話を聞くことも少なくない。
また、最近では成人の矯正治療も増加傾向にあり、仕事をしながら治療を受けるうえで審美性を求める意識は子供の比ではなく、治療期間を通してなるべく目立たない矯正装置を使って欲しいという要求が多い。
矯正医サイドでもこのような要求を考慮し、固定式矯正装置の審美性についての改良がさまざまになされてきた。
とくに、矯正装置の歯牙への接着方法の改善や装置自体の大きさの縮小化および新しい材質の開発による装置の透明化が図られたことにより、審美性は飛躍的に改善されたといえる。
しかしながら、唇側に装着する装置としての審美性は、主線として用いる金属性のワイヤーが存在する限り限界があると考えられる。
そこで、装置のすべてを舌側に装着し治療期間を通じて操作も舌側から行う治療法が考え出された。これにより見えない矯正治療が可能になったといえる。
そこで今回、唇側に装置を装着して行う矯正治療と比べどのような特徴があるのか検討したい。

追求2 どっちにしても、どんなもの?

唇側矯正装置の進化の歴史を、現在多くの矯正医に用いられているエッジワイズ装置に関してひもといてみよう。
Angle, E. H.によって1899年に歯列弓拡大線装置(expansion arch appliance)(図❶)として発表された装置は、その後改良が重ねられ1928年には新紐状装置(edgewise arch appliance)(図❷)へと発展していった。その後、長い間矯正治療の主役として用いられた全帯冠装置(図❸)へと移行した。近年ブラケットを直接歯面に接着するdirect bonding法の発達によりバンドを使用しないで治療することが可能となり、審美性は格段に進歩したといえる(図❹)。さらに、金属製であったブラケットの材質がセラミックや人工サファイヤに改変されたことによって矯正装置はますます目立たないものとなった(図❺)。現在、これらのより小さく、より目立たない装置を用いる矯正治療が主流となっている。

b

図❶ expansion arch appliance(参考文献1)より引用・改変)
a:angle(1899-Weinberger)より
b:Angle, 1907

図❷ edgewise arch appliance(参考文献1)より引用・改変)

図❸ 全帯冠装置

図❹ direct bonding法

図❺ ブラケットの材質が金属からセラミックや人工サファイヤに改変

しかし、審美的要求がさらに強い人々にとって唇側にブラケットが付いていること自体許されるものではなかった。また、金属性のワイヤーがきらきらと光ることも耐えられないことであった。この欠点を解消するために歯の裏側に矯正装置を付け治療するという新しい発想のもとに1970年代の後半になってアメリカではKurzが、日本では藤田によって開発されたものが舌側矯正装置(リンガルブラケット装置)であった(図❻)。その後、いろいろな臨床家によってさまざまなタイプの舌側矯正装置が発表され、応用されるようになった。ブラケットの構造は開発者のアイデアによってそれぞれ特徴はあるが、基本的に歯を動かす考え方は唇側の装置と同様である。しかし舌側矯正装置で治療した場合に見られる特徴的な点も少なからず存在する。

図❻ 舌側矯正装置

追求3 どこが、どれだけ、どう違う?

唇側矯正装置も舌側矯正装置も歯が動くメカニズムは同様であり、治療の進め方も類似している。しかし、舌側矯正装置で治療した場合に見られる特徴的な点として以下のことが考えられる。

  1. 目立たないので審美的に優れている。
  2. Lingual crown torqeが入りやすいため皮質骨固定が生じ、anchorageが強固である。
  3. Bite opening effectによりdeep biteの改善に有効である(図❼)。
  4. Bowing effectが起こりやすい(図❽)。
  5. Bracket間距離が短いためwireの弾性を得にくく、捻転歯や傾斜歯を改善しにくい。
  6. 皮質骨固定により大臼歯を前方移動しにくい。
  7. 直視が困難な場合があり、術者にとって操作性が悪い。
  8. 装着当初、発音障害を生じることがある。

図❼ Bite opening effect(参考文献2)より引用)

図❽ Bowing effect(参考文献2)より引用)

また、適応症例についてみると、数年前にはオープンバイトケースや、難しい抜歯ケースなどが禁忌症例にあげられていたが、装置の改善および技術の向上著しい昨今では、ほとんどのケースに対応できるようになった。
治療期間については、唇側に比べかなりの期間の延長が言われていたが、現在では3~5ヵ月程度であり、症例によっては逆に治療期間の短縮さえありうる。

追求4 比べてみたら、どっちがどっち?

図❾は舌側矯正装置による治療の発展の推移をリンガルブラケットメーカーの一つであるOrmco社が調査したものである。

図❾ 舌側矯正装置による治療の発展の推移(参考文献3)より引用・改変)

これを見ると、舌側矯正装置による治療はアメリカにおいて1980年初めに爆発的に需要が高まったが、装置の不備や矯正医の技術の未熟さなどが災いして治療精度に問題があるとされ、急激に減少した。1980年後半には装置の改善も進み、矯正医に対する教育も充実してきたためにその需要は年々増加する傾向にある。また、セラミックブラケットと比較すると、まだまだ少数派ではあるがセラミックブラケットのエナメル質を削るという欠点や審美性のさらなる追求を考えると、舌側矯正装置による治療は徐々に増加する傾向にあると考えられるだろう。
少子化傾向が顕著化する現在、矯正治療は確実に成人へと拡大している。そして、審美性を求める患者意識も年々高まっていることと併せて考えれば、舌側矯正装置による矯正治療のニーズはますます上昇するだろう。
しかし、治療の精度に関して疑問視する矯正医がいることも確かであり、今後も、より一層の技術向上と装置の改良がなければ、かつてアメリカで起こったように治療の信頼性を失い、舌側矯正装置による治療が行われなくなる恐れもあるだろう。
したがって、症例を選び、十分トレーニングを積んだうえで治療を行えば、唇側矯正装置では矯正治療を断念せざるをえない患者の壁を少しでも取り除くこととなり、新たな矯正患者の掘り起こしにつながる可能性も考えられる。
治療法の一つの選択肢として唇側矯正装置だけでなく舌側矯正装置も提供できれば、患者獲得のための要素としてばかりでなく、医院の差別化にも影響を及ぼすかもしれない。

【参考文献】
1)岩澤忠正、他:第3版 歯科矯正学、医歯薬出版、東京、1998.
2)義澤裕二、岩澤忠正:舌側矯正装置によるAngle II級I類の治療-T.A.R.G.システムによる2治療例-、日大口腔科学、21:149~162、1995.
3)森 康典、他:舌側矯正 Dr. Gorman テクニック、医歯薬出版、東京、1996.

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