歯科医師が病気を見つけるとき 9|デンタルダイヤモンド 1999年9月号

●東海大学医学部口腔外科学教室 佐々木次郎 + 山崎浩史

左上顎歯肉のしびれ

悪性リンパ腫

共同執筆者の佐々木先生と初診を担当していた月曜日の午前。「ひどく顔色の悪い男性が待合室にいるよ」と佐々木先生が言う。「先に診てみましょう」と答えて診察室に呼んだ。

◆◆◆ 患者さんの症状と事情 ◆◆◆

55歳の東洋人で日本語は話せない。近在の市にある病院の口腔外科からの紹介状を持っていて、口腔内に3個の腫瘤があり、サイズは57×57mm、25×20mm、30×37mmで、潰瘍は作っていない。悪性腫瘍と思われるので、手を付けずに紹介したと記されている。

拝見すると上記の紹介状のとおり。顔は左の下顎の腫脹とリンパの腫脹があり、左のオトガイ神経の麻痺がある。同道してきた雇用主である同国人の社長は日本語が達者。「悪性の腫瘍だと思いますから、顔と胸のレントゲンをとりましょう」というと、社長は「保険証がないし、お金もないので1枚だけにしてね」。そこで1枚写したパントモグラフを示した。上顎も下顎も骨が吸収しているのをみていただきたい(図❶)。

社長に佐々木先生が説明している。
「悪性腫瘍に間違いありませんが、顔だけでなく全身にもひろがっていると思います。顔色が真っ白ですから、人の命を予想してはいけないのですが、このまま放っておくと1~2ヵ月ではないでしょうか?

お金の問題があるといって、血液検査は受けずに帰宅。

1週間後、社長が現われて、「故国へ帰すことにしたので、領事館に出す診断書をください。もう助からないと書いてください」という。「レントゲン1枚だけで役所に出す診断書は書けないから、一度本人をつれてきて血液検査をしましょう。2時間待っている間に結果が出ます」と説明。

それから5日後に本人が来院した。ただちに採血とバイオプシーをして、2時間以内に結果が判明した血液検査に基づいて診断書を記した。

検査結果のおもなものは、

正常値
赤血球数155万(410~530万)
ヘモグロビン4.7g/dl(13.5~17.5)
ヘマトクリット14.3%(40~48)
尿素窒素118mg/dl(8.7~20.6)
クレアチニン7.6mg/dl(0.7~1.1)
アルブミン2.6g/dl(4.3~5.0)

所見

腫瘍にともなう極度の貧血がある。すでに他臓器不全をきたしているようで腎不全になっているようである。他臓器への転移は調べていない。後日判明した病理診断は悪性リンパ腫で当初の予想どおりであった。

◆◆◆ 顛末は? ◆◆◆

診断書を記載して1時間ほどすると社長さんが戻ってきて、「診察料金が高くて払えないが、もう少し安くしてもらえないか」とのこと。佐々木先生が「安くすることはできません。どうしても払えないのでしたら、払わずに帰ってしまえば、今日のところはわかりませんよ」と説明している。「そんなことをすると、私たちの同国人が受診したときに迷惑をかけるかもしれない。いいです、私が払います」といって支払いをすませた。

患者さんの故国の大学病院に診療情報提供書を持たせたが、受診しなかったのか返事はきていない。

◆◆◆ リンパ腫は歯科を初診することが多い ◆◆◆

リンパ腫の50%以上は、顎下のリンパ節の腫脹で初発する。したがって、歯科を受診することが多い。智歯周囲炎などを併発していると、細菌感染によるリンパの腫大と区別がつかない。

図❶

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