歯科医師が病気を見つけるとき 5|デンタルダイヤモンド 1999年5月号

●東海大学医学部口腔外科学教室 佐々木次郎 + 山崎浩史

顎下のリンパの腫れ

白血病

本誌の平成11年1月号が刊行されて、「歯科医師が病気をみつけるとき」の第1回が載った。全文が活字だと読みにくい。5月号からは活字を少なくして、目で楽しんでいただくものにしたい。

今号では、顎下のリンパの腫れが、実は急性の白血病であった例を紹介する。読者の皆さんは、白血病といえば血液検査で白血球数が5万とか10万とかに増えているので、血液検査をすればすぐにわかると思っているかもしれない。ところが、白血病を発病時期からみていると、血液検査で異常が出るまでに、2~4週もかかる。今回の症例では、白血病と診断するのに2週間、診察日に4回を要している。

初診、1月5日。16歳、体重59kgの青年。きびきびとしている頭のよい青年で、いままでに疾病の既往はない。2日前の1月3日に突然、右の顎下が腫れて休日診療所を受診し、トミロンを投与され、東海大学病院への紹介状がわたされた。1月5日の初診時の右顎下リンパの腫れは、図1のように、うずらの卵大であり、体温37.2℃と微熱。パントモグラフでは、右下顎智歯が存在するが、口腔内の症状はまったくない(図❷)。したがって、歯性感染症は否定できそうだ。佐々木先生も同じ意見のようで、「山崎君、ウイルス感染症でしょう。抗体値※1)をみるよりも、EB※2)を疑って末梢血液検査の結果が出るまでPT※3)に待ってもらいましょう」

図❶

図❷

◆◆◆ 歯科医の知っておきたい医学常識 ◆◆◆

平※1)ウイルス抗体値は、感染してから2週間しないと上昇しないので、即日の診断には役に立たない。ウイルスの種類は多種あり、目標とするウイルスの感染症でなければ、役に立たない。

※2)EBは、エプスタイン・バールで、顎下のリンパや腺が腫れることが多い。

※3)PTは、患者さん(ペイシェント)の略で、ペイシェントは「我慢」ということばのとおり、患者さんは我慢しているということでしょう。

表1は初診日の血液検査。誌面の都合で、初診から2週間後のものも示した。初診日の血液検査は特別の異常はなく、私たちが当初に疑ったEBウイルスの感染症は、「Atypical Lympho」という異型リンパ球が0%だったので否定できそうであった(表1の矢印(1)参照)。いずれにしても、ウイルス感染症を考えて、自宅で安静にしていてくださいということで、患者さんには帰宅していただいた。

表1 末梢血検査の結果

 検査項目正常値単 位1月5日1月19日1月20日
結 果結 果結 果
1WBC4~8×10/μl3.96.16.6
2RBCM 4.1~5.3
F 3.8~4.8
×10/μl3.843.723.64
3HGBM 13.5~17.5
F 11.5~15.5
g/dl13.412.812.9
4HCTM  40~48
F  34~42
37.535.735.3
5MCVM  84~99
F  84~93
fl97.796.097.0
6MCHM  30~38
F  27~32
pg34.934.435.4
7MCHC32~3635.735.836.5
10血液像     
Segment. 60.410.017.0
Stab. SEG+STAB1.01.0
Lympho. 33.041.026.0
Mono. 4.81.01.0
Eosino. 1.03.02.0
Baso. 0.80.00.0
Atypical Lympho. 0.00.00.0
Plasma. 0.00.00.0
Meta. 0.00.00.0
Myelo. 0.01.00.0
Pro. 0.00.00.0
Blast. 0.043.053.0
09血小板数14~40×10/μl16.421.419.4
       
(1)
↑↑
(2)
↑↑↑
(3)

3回目の再診は1月12日。体温は36.9℃となったが、顎下のリンパの腫れは変わらない。ここに至って、私たちは、悪性リンパ腫を考えてアイソトープのイメージをとることにした。ガリウム67を静注してのイメージが図❸で、右顎下のリンパの部分のみが黒点となっていて、悪性リンパ腫を強く疑わせる所見であった。

4回目の再診は1月19日。この日の血液検査(表1の矢印(2)参照)で、Blast(骨髄芽球)が43%と出て、骨髄性白血病と決まった。この結果をみて、その日の午後7時に佐々木先生が患家に電話をして、「大至急で治療を要する病気ですから、明朝一番にお父さんも一緒に来院してください」と言っていた。さて翌日の1月20日、両親とともに来院した患者さんは、元気そうで消耗している様子もない。念のために、裸になってもらって全身をみたが、皮下の出血斑などはみられない。当院の血液内科に同道し、内科医と父親の協議で、最善の治療が受けられる居住地近くの病院にベッドを確保し、即日入院となった。この日の血液検査では、表1の矢印(3)に示すように、Blastは53%であり、骨髄性白血病に間違いないということであった。

入院後、骨髄穿取の血液検査で急性骨髄性白血病と確診され、化学療法が奏効して退院できたとの報告をもらった。

図❸