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『こんとあき』
いまや、5人に1人が「推し活」をしているといわれる時代。絵本の世界にも「推し」をもつ読者がいます。今月は、そんな熱烈なファンが多い作家の1人である、林 明子さんの絵本『こんとあき』を紹介します。
ある若い大道芸人が、高くそびえるこのツインタワーに魅せられました。正確にいうと、建物にではなく、「2つのタワーの間の空間」に魅了されたのです。心惹かれる「空間」があれば、そこにロープを張り、歩いて渡る。それが、彼にとって何よりも幸せなことでした。
もちろん彼は、その危険な挑戦が世のなかでは絶対に許されないと知っていました。そこである夜、まだ工事中だったツインタワーに友人2人と忍び込み、あっと驚く方法で40mも離れた2つのタワーの間にロープを渡しました。実のところ、ロープを張るだけでも命がけの仕事です。やがて星が消え、朝日がツインタワーを照らすころ、彼の挑戦が幕を開けます。
ここから先は、文章よりも臨場感あふれる絵に目を奪われることでしょう。綱の上に踏み出す最初の1歩、カモメと楽しむ空中散歩、風に吹かれ揺れる体……。私たちは、それらすべてが絵であるとわかっているのに、まるで自分が綱渡りをしているかのように足がすくみ、背筋が凍るような感覚を覚えます。一方、絵本ならではの視点で描かれる彼の姿からは、無上の幸せを感じていることがうかがえます。
命の危険を冒してもやりたいことに挑む若者の姿は、羨ましくもあります。でも、彼は地上に戻るとすぐ逮捕され、裁判にかけられます。いったいどんな判決が下されたのでしょうか? それは彼を含む多くの人にとってうれしい「粋な判決」だったと申し上げておきましょう。
幸せな読後感が残る本書は、待合室にも温かな余韻を届けてくれると思います。
おひさま堂 書籍部
大橋悦子
歯科衛生士向け月刊誌『DHstyle』より、歯科医院の待合室にぴったりの素敵な絵本をご紹介いたします。今回は、『こんとあき』です。